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東京話し方教室主催第27回スピーチ・コンテスト結果発表
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2005年7月生=27期生成果発表(2005年10月1日(土)市ヶ谷昼開催)

●最優秀賞:野田良美さん<新たな自分への挑戦>
● 優秀賞:斉藤 彩(あや)さん<話し方教室は幸せな30才への橋渡し>
●準優秀賞:藤木ともみさん<もらった笑顔>(26期生)
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(^_^;)m(_ _)m
私ったらどうして今日に至って気付くのかしら?情けなさすぎ。
言われたからじゃないのよ、本当に斉藤クンに指摘されたその直前(3分前頃!)に気付いてて、ちょうど、3分後(^_^;)以下のような文面をメールでもらって読んだ。

<また、斉藤さんと野田さん(特に野田さん)のコメントが
素晴らしかったのが印象的でした。・・・中略・・・
準備しないで上手く話せるというのはスピーチの最終目標ではないでしょうか。>

本当にそうだ!!!

皆さん、聞いたでしょ?野田良美さんのあの説得力あふれる、自然な語り口のトーク会に対する提案。
私なんか、その場で即説得されちゃって(^_^;)
構成的にもタイミング的にも隙のない、その上いきいきと語られるから引き込まれる、まさに、<スピーチ>の模範とも言えるものでした。

白百合の花びらのひとしずくの露がはらりと滑り落ちたような、元<ミス小平>である斉藤彩さんが最後感想を述べた場面での涙も。
こんなきれいなものが見られて幸福だとも思ったけど、実に彼女の言う通りで、一人一人の成長の場面に立ち会えたことはどんなに素晴らしいことかと改めて気づかされ、最後に私も声を詰まらせましたよね。

ねえ!
すごいよね!!
予め何も考えないであんな素晴らしいスピーチができるの!!!

これこそ、スピーチの最終目的。
確かに最優秀賞・優秀賞受賞者のお二人は、はっきりと、最も素晴らしい<スピーチ>をなさいました。

なのに、更に。
実に素晴らしい力強い<3分スピーチ>の数々。
本当によかった。

言ってみれば予兆はあったのです、例えば、模擬結婚披露宴の終了後飲み会の席でどういった加減でだか<マイムマイム>(って覚えてます?フォークダンスの・・・)が全員によって踊られたり(ちゃんと音楽付きで)(^_^;)その日最後の歌は本当に全員の熱唱になった!(あんな合唱で絶唱?みたいなのは、実際余り経験なかったし、まるで真剣な面持ちで歌ってる一人一人の顔を見ると、感動した)

そういうのがあったので、・・・心のどこかで『もしや』と思わなくもなかったけど・・・、やっぱり、m(_ _)m思ってなかったなあm(_ _)mこんな誰もが力を出し切り自分を越えたよ
うな素晴らしいスピーチがされる、だなんて。
一体誰が信じるのかなあ?3ヶ月前、スピーチが苦手で、嫌いで、下手で、逃げ回って来た人達がこの教室に来たんだなんて。

(まあ、それでも、一人だけ、いましたものね、何も喋れなかった人が。)
(でも、そのことだって、誰もが感じましたよね、クラスの全員が心から応援してるって)
(時々訊かれるのですよ、レベルの違う人達が一緒のクラスで学べるのかって。
レベルが違うどころか、年齢も職業も何もかも全て異なる人達が集って一つの高みにまで上りつめるのですよね。

3ヶ月、実にいろんな苦難を経て、コンテスト当日、集えた悦びは、どんなものにも勝ります。

誰もが満足した。
あんなになりたいと思った。

出場された全員に花束を持って帰ってもらいたかった、そんな感動に包まれたコンテストでした。

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●最優秀賞:野田良美さん<新たな自分への挑戦>

よっちゃんのスピーチで何がよかったって、実に、<いい事だけ、いい面だけ>を全面に押し出し、聞き手にすがすがしい感情だけを最後に持ってもらえた点。
そうですね、そういう観点から評価すれば、これ程、秀逸だったスピーチも珍しいってことですね。

ねえ、ところで、なんですが。
ウチの教室は2ヶ月目の最初に皆に「挨拶励行して」というスピーチ課題がありますよね?
あれで、成果あった人、なかった人、悲喜こもごも、という訳ですが。
成果あった人は教室で数人でしょうか。
なかった人の方がやはり多数派と言えると思います。
ここで言う<成果>とは、挨拶してみたら相手が変わり、ちょっとでも自分の周りが変わった、と思えた、ということでしょうか。

成果のあった人・・・<挨拶した●→○>挨拶してみたら職場の雰囲気も違ってきた、あの人とも上手くいき始めた。
            本当に挨拶してよかった。これからももっとしていきたい。(やった!)<パタンA>
成果なかった人・・・<挨拶した●→×>挨拶してみたけど成果なかった。(がっかり)


            でも、続けてやって行こうと思う。<パタンB>
成果なかった人・・・<挨拶しなかった×→×>挨拶しなかったので(当然)成果なかった。(自分にがっくり。そして、くすん)
            これからは、やろうと思う<パタンC>

パタンBとCの人が多数派。成果なかった訳ですから、まあ、こんな感想が一般的?m(_
_)m?

でも、時々<パタンD>の人がいます。

成果なかった人・・・<挨拶した●→×→○>挨拶してみたけど成果なかった。
            しかし、自分から勇気を振り絞って挨拶してみた後の気持ちのよさは久々味わったすがすがしさとも呼べるべきもので、本当に挨拶してよかったと思った。(すっきり)
            是非これからもやっていこう(はっきり)(パタンD)
この<D>の人は、成果はなかったけど、やってよかった点(自分の気持ちの変化等)がやる前やった後で鮮やかに対比され、その違いが鮮やかに述べられている。
相手までは変えられなくとも、自分自身が変わることはどんなに素晴らしいことか、と強く納得させられるスピーチです。
でも、よく考えたら<B>と<D>の人は、パっと見、何も変わらない。
ただ、<D>の人は、自分のやったことを力強く肯定しよかったと思い、得られた気持ちの変化も肯定しよかったと思った。

でも、この他に<パタンE>が存在したとは!
成果なかった人・・・<挨拶しなかった×→×→◎>挨拶しなかったので(当然)成果なかった。
            でも、これからは自分は変わる。(はっきり)
            新たな自分は必ずやると思う。(しっかり)
            過去と相手は変えられないけど、自分と未来は変えられるから。(きっぱり)(パタンE)

これが、高らかと語られ、すがすがしい境地に聞き手を導こうとは思いもしなかった!


挨拶しなかった<C>の人には、授業中にどうしても言っちゃうんだよね、
「しかし、ねー。
これからはします、って・・・。
わざわざ挨拶月間だったのにしなかった人が、これから、するかねー?
いや、もちろん、してほしいんですよ、でも・・・(この1ヶ月毎日しなかったんだから、今日の日もしなかったら明日もしない)」

毎日しようとしてしなかった実績を持つ人が「これからする」と言っても、説得力をもたない。
だから、よっちゃんのも私は「明日はする」のかな?と思ったm(_ _)m

でも、皆さんは、「する!」と思えた訳ですね!!
それは、良美ちゃんが、破格の前向きな口調で語ったし、起こり得るいい事のみを予測してそれが予定され確定されることが120%であるかのように言い切ったから、でしょうか。

私なら、今まで(毎日)やって来られなかったことをこれから(今日か明日)やる、と言いきるのは、説得力の点で不足と判断し、そこには持っていかないかなと思いますm(_ _)m(何について話してもいいのだから
他の話題について話す。)

なのに情感のこもった、伝えたい気持ちの溢れるスピーチだからでしょうか、票を獲得されたことはさすがとしか言いようがありません。

「自分を変えようと決意してこの教室に入り、自分を変えようと決意して卒業していくことになりました。」
つまり、(その点においては)何も変わらなかった訳だよね?
でも。
「今度彼に会った時は、とびっきりの笑顔で挨拶したい」
「過去と相手は変えられないけど、自分と未来は変えられるから。」

と言われると、何となく、今まで決意してそうしなかった、ことよりも、次には、やってくれるんじゃないか、と皆は強く期待させられたのだと想像しました。
そう思わせた勢い、口調って、すごいなあ。
フレーズの選び方もあったでしょう。
短い、ちょうどピッタリ来そうなフレーズを上手く用いることは、スピーチを引き締め『いいことが聴けた』と思わせるに足るのですよね。

あるいは、早く彼のことが忘れられたら、という皆の応援票というのもあったかなあ。


新しい恋に早いとこ落ちればいいのよね!
あるいは何かに没頭できて、彼を越えられればいいのですよね。
そうしたら、余裕で笑顔で別れた彼にも
「ハ〜イ♪」
って言えるよね、極自然に。

私は個人的には別れた彼に挨拶することというのは、第一義的な目的とならないでいいと思いました。
自然にできるようになるのに時間がかかって、それはそれで充分OKと思いました。
自然にできるようになるまでは、しなくても何ら支障ないですものね(しないと変だと周りから気付かれるようだと、しないとまずいですが)。

野中さんはクラスの中でも最も挨拶をして成果も出してたお一人でした、唯一、乗り越えられなかったのが別れた彼への対応だったと言えると思います。
私的には挨拶するというのは、コミュニケーションを深化させたい場合の突破口と捉えていましたから、よっちゃんのスピーチを文字通りとると、もう、深化させる必要のない相手に対する挨拶なんてのは不要と。
でも、きっと、ここでは、言外の理由があったのかもしれなくて、きっと、皆が票をくれたのは、さっきも言ったように後押ししたくて、だったからかも。

応援のつもりで入れた人達も、『やっぱりこの人に投票した甲斐があった』と再確認したと思います。
教室の通常授業のスピーチでも私も何度も感動させられました。

唯一、口調で、文節ごとの語尾を必要以上に強く押さえるのは、どうでしょうか。
いちいち噛みしめるように情感を込めて話す、と受け取れるプラスの評価がありながら、さらりと話せばいいのに強調しないではいられないような不安を感じ取る場合も人によってはあるいかもしれません。(私も言われるの、くどいって)

という訳で?次回10月19日(水)のトーク会(ふれあい会館18時半)は、良美ちゃんの提案を受けディスカッションとさせていただきたいと思います。
オトコの浮気は・・・何だっけ?オトコの浮気なら前原さんに訊け?
恋愛の持続感については恋愛評論家の宮下さんの意見も大いに参考にしたいところですが。
彩ちゃんも一家言あるか?

ディスカッションテーマは、どうしよう?
野田良美ちゃんのクラスのMLは
t-talk@freeml.com
なのですが、そっちに提案してもらおうか。
良美ちゃん達が決めてくれたら会の1週間前には全員に一斉で流しますね。

いつもよっちゃんには助けられたものです。
実力の伴った人に受賞してもらえたことは何より嬉しいことでした。
誠におめでとうございます。

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●優秀賞:斉藤 彩さん<話し方教室は幸せな30才への橋渡し>

今、CD-Rを拝見させていただきましたが、本当に!愛らしい(*^_^*)
声も鈴を転がすような。

お着物姿はひときわ艶やかで。
自分で染め上げただなんて、何てカッコいいんだろう!
私も同じペイルブルー系のストールだったから、何だか関係ないのに自分が誇らしく思えました。

野中良美ちゃんのスピーチと同様、冒頭に重大発言?があり、引き込まれました。
特別な綺麗さのある人だとは思っていましたが。。。
元<ミス小平市>だなんて・・・、教室の格が上がるってものだわ(^_^)v
もう、自慢しちゃう(・・・自重自重・・・・)

しかし、教室で何を学んで得たか、と言えば、良美ちゃんのと同様、実はわからないよねm(_ _)m
第一、分量的に、30才の誕生月である7月に話し方教室に入会した、そこに至るのに2/3は使っているもの。

でも、そこが心情的には最も伝えたい、話したいことだったのかもしれません。

女性にとって最も重要視されるのは、やはり外見だと私は思っています。
結婚後中国に初めて行く前、「きれい」という言葉を教えてもらってわざわざ覚えたのにそれが一度も言われなくて、着いた晩悔しくて泣いたのを覚えています(T_T)
綺麗であれば、それだけで女性は価値がある、というものでしょう。
その価値のみで充分とも。

もしそうだとするなら、ミス××というのは、その××で最上級価値ある女性と言えると思います。
無論、会場で申し上げたように、ミス××というのは、顔の造作のみならず姿勢や立ち居振る舞い、更には教養・視野、また、いろんな公の場に出ていってもらうのでそこでの対応能力があるか等、容姿以外の多くの条件もクリアされなくてはなりませんが。

そういった誰もが憧れる、何万人の頂点に立った後、その気負いを振り切ることは容易いことでなかったと想像します。
確かに苦難の10年だったのではないでしょうか。

平凡な人間でも妄想はいだきます。
私は話し方教室に入る前は、毎日、妄想の世界に遊んで(?そんな容易い言葉では違う気がするけど)いました。
今あるのは仮の姿の自分。
今はこんなに恵まれないけど、いつか、きっと小説を書くかシナリオを書くか作曲するか作詞するか自分の歌を歌うかするので、そうなったら私は有名になって、今、私をみくびってバカにしている人達を鼻で笑ってやれる。

それでも、小説家?になりたいはずなのに、小説一つ、エッセイ一つ書かない、書けない。
小説家になるべき緻密な構成力と独特の世界観を持っているならそれを紙面に発揮すればいいのに、実のところ、何もないものだから、何もできない、手も足も出ない。
実は書けない、というより書かないのですね、毎日テレビ観たりゴロゴロしていて。
才能もなかったようだけど、努力をしようにも、その努力する才能にも恵まれなくて、怠惰で緊張感のない、世の中に益しない人間が無駄飯を食って妄想だけ働かせる、そんな日々を送っていました。

こんなはずじゃあなかった。
そう思っても、毎日が同じように、昨日と同じように過ぎていく。
このままじゃ、昨日と同じ今日が繰り返されて明日もそうなるだろう。
もう、ここら辺で区切りをつけないと本当にダメになっちゃう。
そう思って話し方教室に、ということでもありました。

でも、私の妄想は根拠ない妄想だもの。
彩ちゃんの「妄想」は、(どんな妄想か知らないけど)根拠あるものね。
例えば都内でベスト50位くらいお金持ちで有能でしかもハンサムで長身な男性と恋に落ちるはずだ、とか。
だって、ミス23区、ですもの!
起業して話題沸騰!マスコミ取材に毎日追われる、とか。
私ならその100倍くらいの妄想に追いかけ回されるわ。

そういう人の苦労は私には無縁でわからないけど、男性も余程じゃないと近寄って来ない、というのもあると思うなあ。
近寄って来られても、どうしても、理想に照準を合わせてしまって受け入れられない、とか。
若くてチヤホヤされたものは年齢を経ると難しくなる部分もあったかもしれません。

そのような10年間の悩みがスピーチに盛り込まれなくてはならない、それは当然なのですが、教室を受講し初めての飲み会で皆が優しかったことが、どう今までの悩みを解きほぐすのに役立ったのか、見えてきませんでした。
今までいじめられていたから?
まさか?!

友人と自分を比較して過ごしてきた10年。
こう自分はあるべきだ、と思い込んできた10年。

そういう呪縛から解き放たせてくれるものがあった、とするなら、それは、教室の何だったのか?
それは、皆のおかげだったのか、自分も取り組んだ結果のものであったのか。

思わず涙をこぼす程、真剣に教室に向き合ってくださいました。
しかし、その何がよかったか、それを聞いてわかる形にすることは、情報発信者(野中さんも加藤さんも雑誌作りというマス・コミュニケーションに関わっていらっしゃいます)にとって避けて通れない道であるようにも感じます。

私は今でも時々この教室のことが(小説か)何かに書けないものだろうか、と考えることがあります。
だって、こんなに感動的なのですもの!
でも、毎日教室のことを考えている私にも、一体何が感動に結びついているのかよくわからないのです。
特に模擬披露宴のようなものに関しては、何が何だかわからないような気がします。
単にスピーチの練習の場なのに、と。
皆が力を合わせることが尊いからだろうと考えつくのですが、それにしても、と。
で、書けないのですが(T_T)

一つ、言えることは、教室に癒されたり教室から考え方を学んだり皆のスピーチを聴いて感動したり、よりも、実際に自分がどう動いたか、何をしたか、の方が、説得力を持つことが多い、ということです。

私は6年前修了スピーチで当初は開講初日に先生の話を聞いて感動して涙が止まらなかった話をしようとその原稿を何度も練り直していました。
その日の私の感動の中心は先生の話にあったからです。
しかし、感動が伝わってこないと言われました、友人から。
久保さんが感動したことはわかっても、へえ、そんな感動的な話を聞いたんだ、それ位にしか思わないと。

ものすごく苦しんだ後、結局、その話を聞いた晩に先生に言われた通り主人に大きな声で「お帰り」って言ってみたら10年返さなかったのに初めて返してくれた話に変えました。
その話には、先生の話を聞いて泣いたことはどこにも触れなかったのに、そっちの話の方が感動がよく伝わる、と言われました。
感動したから久保さんが動かされた話なんだね、と。
動いたんだね、と言われました。
事実、その話は絶賛?され、印刷物にもなり、数年後たまたま会ったその時の聴衆の一人が「あの時褒められた人だ、中国人のご主人への挨拶の話でしたよね?」と覚えてくれていました。

でも、それって、たかだか<大きな声で挨拶した>だけの話、なんですよ。
大きな声で挨拶すればいいというほんのちっぽけなことがわかった、それだけ。
たったそれだけの話に3分費やした、というか。
でも、私は「した」。

私は冒頭に述べたように練習なしに無心に話してくれた「一言感想スピーチ」が本当によかったから、これでよかった、と思っていますが、構成力・説得力を持たねばならない職業の方(であるお二人)には、何が言いたいのか、何があったのか、何がなかったのか、何をしたのか、しなかったのか(逆に良美ちゃんのは、これがはっきり出てたね!)どう感じたか、そう感じる至当な理由は何であったのか、限りある紙幅をどう分配すればそこが伝えきれるのか、もっと苦しんでもらってもよかったのかな、とも思っています。

とは言え、畑田さん・石井さんのスピーチ冒頭部分を受け、ノリよく話し始めてくださいました。
実に自然なお話しぶりと溢れんばかりの笑顔。
視覚的にも聴覚的にも全てに満足のいくお話であった、ともう一度念を押しておきたいと思います。
本当にすてき(*^_^*)

彩ちゃんの幸せな30代への最初の一歩が共に歩め、これ程嬉しいことはありません。


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●準優秀賞:藤木ともみさん<もらった笑顔>(26期生)

本当だ。
ともみちゃんは、笑顔を皆からもらったね。
CD−Rを見直しても、ニコニコだよ!
全く違うね、教室に来た日と。

私、どれだけ嬉しいか知れないわ。
そして、クラスの皆もどれ程。。。
応援に来てもらったのも、本当に嬉しかったよね!

あの時の硬かった表情を再現することはできないので、どの位、消極的だったか、を言ってもらうといいのですが。
「学校時代、ほとんど手を挙げなかった」
・・・月に1度位しか挙げない子だって「ほとんど挙げない」かもしれませんものね。


私はそれをコメント述べる時に具体的に言い直しました。
「小学校時代は1回だけ、中学・高校は1度もなし」

これで、はっきりわかる。
余程!挙げない子です、断言できる。

ここをはっきり言わないと、説得力が薄まるよね。
笑顔が「なかった」<から>笑顔が今「ある」ことが嬉しい。
数字の威力というものをいつの会話でも意識して、わかるものはなるべく使うようにするとそれだけで話に躍動感が出てきます。

あるいは、ね。
せっかく今笑顔である自分という最高の視覚物を得ているのですから、もっとはっきり皆に想像してもらう。
「皆さん、小学校の時、ご自分は月に何度位手を挙げたか覚えていらっしゃいますか?」


ここで誰かを当てるのでもいいのですよ。
誰か「月に1度か・・・2度・・・」
「中には1学期にに1回どころか1年に1回ほどしか手を挙げない子もいたと思います。


その子の暗さを思い出してもらっていいでしょうか?
私はその子よりもっと暗かったと多分言い切れると思います。
だって、6年間で1度きりしか手を挙げなかったのですから。
当然ですが、中学・高校は一度も手を挙げませんでした」

その私がクラスの模擬披露宴では考えられないことですが、何と、司会を務め・・・

そうすることで鮮やかにコントラストを得ることができるのですよね。
暗い、何考えているかわからない・・・。
そのような人はどこにでもいるじゃないですか。
でも、小学校の誰のクラスにもいたような「××さん」を思い起こさせられる中でより明確なイメージを得ることができる。

それにしてもともみちゃんは落ち着いた話しぶりだわ。
落ち着いていて、更に笑顔を絶やさない、というのは、お見事!
ある威厳すら感じそう(言い過ぎか)。

ともみちゃんは一人他のクラスだったからわかってないのですが、27期生のクラスも実にそうそうたるメンバーでしたよ、大手企業や経営者の方ばかりって言いたくなっちゃう。
だからと言って、どうってことないのがウチの教室のカラーですが、それでも、そういう中でともみちゃんが入賞できたことを少し誇らしく心に留めておいてもらっていいと思うの。

笑顔は、自信をくれる。
あるいは、自信は笑顔をつれてきてくれる。
よしみちゃんの言う通り、笑顔をたたえたよしみちゃんは深い自信に溢れているように見えた。
事実そうでしょう。

これからもっと自信がわいてくると、もっと笑顔でもっときれいになれるよ。
身体の具合もよくなるから顔色も肌色もよくなって。

開講式で口角を上げて笑顔を、と申します。
しかし、本当はいつも迷ってる。
あそこは、自分の経験とちがっているの。

私は自然と勝手に笑顔になっていったの。
(私の場合は、きれいな笑顔とは程遠いのですが)

ともみちゃんの笑顔も多分私の場合とほぼ同じかなと思いながら聞いてた。
もらったんだよね。

得ようとしていた時には得られなかったのに、後で何だか・・・得ようとしないでいるのに勝手にもらえるものは案外世の中多いよね!
まるで、幸せが「おとずれる」かのように。
笑顔も「おとずれる」ものと私は本当は思ってる。

それでも、顔面筋肉で笑筋が衰えている人もいるかと思ってあえて口角を上げて・・・なんて言うのですが、本音は、挨拶や褒めてる内に絶対に笑顔になっていくだろう!と信じてるの。
それを支持してくれたようで、嬉しかった(T_T)

姿勢も大事だよね(私、今でもダメっぽい)。
姿勢がよくなると全体的な印象が一新されるよね。
背中も大事だけど、お尻が大事なんだって。
お尻が上を向くように(特に男性はそう意識すべきなんだって)(っていうか、オトコはお尻が上を向いている人を選ぶべきなんだって!)。

よしみちゃんの毅然とした服装もかっこいいなあと思って見(とれ?)ていました。
服装も大事だよね。
私、服も全然変わった、全く。話し方で。

キレイになって本当によかったね!
若いきらきらのともみちゃんが更にきらきらした笑顔で胸を張って、お尻もきゅっと上げて颯爽と歩んでいく姿はまぶしい。

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皆さん、スピーチを「考える」のですよね。
「教室で学んで得たこと」
という課題がよくないですか?

エピソードが出て来ないから、実は、今回の彩ちゃんの話もともみちゃんの話も、ある意味、余り覚えてなかったm(_ _)m
そりゃあ、ミス小平だった、それで悩んだ、は覚えてますよ、ともみちゃんのも笑顔をクラスの皆からもらった、は覚えてるけど。

何があったんだっけ?何したんだっけ?
とある意味「肝心な」ことは、記憶に残ってなくて。
で、CDーR聞き直してみたら、実は「した」ことは、本当に述べられていなかったよう。
むしろ、「しなかった」ことをはっきり述べた良美ちゃんの話の方が話としては残ってた、とも言えたかな、と後々思いました。

だから、優勝か(^_^)v

皆は今回「何をした」か、は、強烈に話したいとは思わないのかなあ?
これは、実は毎回思う(前回も、思った)。

本心、スピーチコンテストは本当によかった、と思ってる。
見学の人にも
「どうでしたか?」
と自信をもって、訊ける。
(事実、「入りたい」って!やった!!)

本当にこんな素晴らしいものが聞かせてもらえるなんて何て幸せ、と思う反面、人の記憶に結びつく「映像」というものを効果としてもっと全面に出していいのではないかとも思うのです。
そして「こう思う」のはそれに基づいた「体験」がそう思わせる訳です。
理由づけをもたないスピーチは、説得力に欠けると言えなくない。

今回、どこに出しても恥ずかしくない、と胸を張って言えるからこそ、あえて、体験談を具体的に述べる、こととその効果を書かせてもらいました。
・・・・・・・・・・・
ほんと、どこに出しても、誰が聞いても、素晴らしい、としか言わないよね!
信じがたいけど、3ヶ月でこんなに素敵になれる、それは驚異だわ。

笑いがあり、涙あり、最高の時空でした。
歌があり、一体感があり、感動があった。
私、本当に教室やってよかった(T_T)

お一人お一人の成長というものに直に触れられ、こんなに幸せなことはありません。
あふれる力強さに圧倒されました。
一緒にいさせてくれて本当にありがとう。
今でも胸が熱くなる思いです。

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