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東京話し方教室主催第26回スピーチ・コンテスト結果発表
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6月生=26期生成果発表(2006年9月3日(土)市ヶ谷昼開催)

●最優秀賞:松崎康子さん<カッコ悪い自分もありのまま受け入れよう>
● 優秀賞:加藤和則さん<教室を一日だけ休んだ日>
●準優秀賞:伊東裕子(ひろこ)さん<やっと気付けた挨拶>

今までで最高の出場者21人。
披露宴だけでなくスピーチコンテストも「伝説」と呼んでよさそうな。

私、今でもカラダ痛いもの(今、翌日)。
出場された方お一人お一人の熱い思いを受け止めるにはカラダが小さすぎたかな?って。

そう思わずにはいられない溢れる思いの大きさと量の多さと。

私と共に受け止めてくださった受講生・修了生の皆さん、ありがとう。
受講生のお一人がMLに以下のように書き込まれています。

<それにしても6月生のスピーチコンテスト、皆さん本当に上手でしたよ!
私たちと同様、あがり症の人、コミュニケーションがうまく取れない人、
スピーチが上手になりたい人等々、そんな人たちが本当に堂々と
そして素敵にスピーチしていました。
自分を高めたい、少しでも話し方をうまくしたい等々、強い意志と目標を持って
学んだ結果なんでしょうね。>

修了生のお一人も<伝説のコンテスト>と題して、MLに以下のように。
<皆のスピーチ、本当によかったです。感動しました。>

私も感動した(T_T)

催眠療法まで試されて、もう、この教室が4つめ。全部途中で止めてしまう。ここでダメならあきらめようと通われて飲み会に希望の灯を見出され初めて修了まで辿り着けた方。
レーザーでも投薬でも消えないと医者に言い渡されたシミが教室受講で薄くなった人(私も話し方教室始めてからどれだけ肌の調子がよくなり、体調もよくなり、カラダが軽くなったことか。苦しかった息も今はどれ程せいせいとできることか。疲れも全然残らない\(^o^)/)。

感謝という最高位の感情に昇りつめて、私達の得るものは計り知れない。

あがりを解消したくて教室に来て、感動に包まれ話している内にあがりなんかよりもっと上位の感情に感動する。
それを画に描いたような素晴らしいコンテストだったと思います。

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●最優秀賞:松崎康子さん<カッコ悪い自分もありのまま受け入れよう>

メッセージ性の強いスピーチでした。
一心に聞き入ってくれる人達を前にして、はっきり言うと、短期の記憶になら耐えるスピーチとも言えました。
シーンの描写がない分、どんな話だったのか、思い出せる人は今では少ないと思うm(_
_)m

どんな話だったか言える人は今では少ないかもしれないけどm(_ _)m彼女が何を言ったか、それを心の糧にできた人は大勢いた訳ですね!

ある意味、アガルことが恐怖。
人前でスムーズに話せることが大事で、震えたりあがったりする自分はダメなんだと思っていた。

そのように思い、悩み、この教室にいらっしゃった方が半数いらっしゃるはずです。
あがりという人生の様々な場面にまで影響を与える深刻な悩み。

しかし、教室の皆と交わっていくうちに、スピーチの上手・下手に関わらずそんなことが問題にならない位皆カッコいいことに泰子さんは気づいていきます。

ここで、カラオケのことと隊長のことで笑ってもらえたのは、康子さんのいかにもかわいらしい人柄からでしょうか。
どちらかと言うと、原稿?をみながら、に近いかと思えたのに・・・、きっと会場の皆さんに康子さんの滲み出るような優しい眼差しが伝わったからでしょうね。
はっきり言うけど、あのような場面を見て、決して誰も「あのこ、あがって・・・」なんて思うはずない。

(っていうか、そもそも、あがってて、それを不快に思う人は非常に非常に稀か、いないでしょうし、他人があがっている場面に遭遇してそれで優越感を持つような人は、相当に低レベルな人か、少なくとも現時点において何事にも恵まれない想像を超えて不幸な人であるか、と思われます。)

(大部分の人は、あがっている人に気付いた場合、同情し、応援したくなるのが普通。

これは、スピーチにとって、有利とさえ思います)

とにかく、ほんと、正直に言いますが、余裕!に、見えました(^_^)v
あのね。
もし、あがらない方がいいということが言えるとしたなら、あがってない人を見た方が、あがっている人を見るよりリラックスできるの。

あそこで、あんなに自然な笑いが興ったということは、康子ちゃんがいかにも楽しそうに話してて、それが聴衆に余裕ととれ、皆、リラックスさせられたおかげで笑ったのよ。
だから、あがった、どころか、余裕の感じられる素晴らしいスピーチでしたよ。

あがらない人は、話自体に集中して話せています。
あがる人は?
あがる人は、「あがり」に集中して話しているの。

康子ちゃんは、クラスの皆の素敵さに気付き、それがどうしてもスピーチ中に話したくて、それを話そうとする時、『皆、カッコいい』ことを伝えたい一心だった。
だから、あがっていなかったし(しつこいですが私は、あがってて、ちっとも構わないと思うけど)、あの時、一番カッコよかったのは、康子ちゃん、あなた自身だったね!

できない自分は価値がないとつい思い込んでしまう?
いや、できたのよ、康子ちゃん。

確かに巷に溢れる「勝ち組・負け組」という言い方。
今回、康子ちゃんは「勝ち組」となった訳ですが、本心、今では、そんなことが「問題にならない」ように思える、でしょ?
もちろん、「勝った」ことは、素晴らしいことだけれど。
でも、もっと大事なことがあったように思えるはず。

そのように思えた、キラキラ綺麗だった康子ちゃん。
マイクの持ち方しかコメントしなくてごめん!m(_ _)m!

私的には・・・、こういうのは、微妙だから本当に言いにくいのよ、女性にとって美醜は切実な問題なので。
でも、私的には康子ちゃんが一番美人かな?と思ってて、新婦役だなと思ってた、でも、そういういだいてた印象って、言わないように言わないようにしてた、だからm(_ _)m結果的にあんなコメントになったか・
・・(T_T)

スピーチ中に、とにかく、目がキラキラきらきら。
自信に溢れてたよ!
星のしずくを集めたようなキラキラ輝く目で、誰もが深く頷き、言いたかったことを代弁してくれたようなスピーチでした。

一番、カッコよかった。
本当におめでとう。

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●優秀賞:加藤和則さん<教室を一日だけ休んだ日>

松崎さんのスピーチも聴かせたけど、加藤さんのは加藤さんので、全く違うふうに聴かせてくれましたね。
先程上に紹介したメール以外にも「思わず目頭を熱くした」と書かれていたのがありましたが、その話が加藤さんのであったろうと思われます。
淡々と述べられる内に誰もが引き込まれていきました。
深い話でした。

伊東さんじゃなかったっけ?
授業中に
「最後のコンテストだけはあがらないで話したい。
それが唯一の目標」
とかおっしゃったの。

「いやー、最後のコンテストだけは、あがらないで話すの、無理だと思いますよ」
って私があらがった?のですよね(^_^;)

で、あがってました?加藤さん
本当に何程の不正確さも含まないで申し上げますが、全く、全然、ちっとも、あがって見えなかった。
誓います。

でも、そんなことがm(_ _)mあの心に響く、涙しそうな程いい話について述べようとするとき、そんなに重要なことになりますかね?

とは言え。
加藤さんの場合、病気の娘さんの感動的な話に収斂させて書いていくか「あがり」に関して述べていくか、なのですが、今回は「あがり」に絞らせてもらっていいですか?
だって、加藤さんという人物が、私に「あがり」に関して大きく気付かせてくれたきっかけとなった人だったから。

そもそも、加藤さんは、松井君が司会をやった時に、私=久保に司会をやってほしい、やるべきだ、と長いメールで書いてくださった方でして。
皆、松井君がいい、松井君はやっぱり安心して聞ける、落ち着いて堂々として模範だ、という中、ひとり!「司会という重みを考えればやはり先生にして頂きたい」と書いてくださったのが加藤さんでした(T_T)

真偽は怪しいものの、私としては、こう書いてくださった方に正直好感をいだきますよね(*^_^*)
(でも。
今回合同講義の冒頭に述べた通りなのですが。
あんなに嬉々として前に出て話したがっているとしか見えない松井君が、何と!教室来る前は、人前で話すのが嫌!?だったというのですから。
今でも私ですら信じがたく、何度も何度も聞き直したのですよ、でも、本人がそうだって言うのですからね。
それは、まさに<朗報>ですよね!)

そんなメールを頂いたのに、私ったら、その時がちょうど特別に忙しい時でもあり(いつも、特別に忙しい?)、簡単に書き流してやっと返信させていただいただけでした。
その負い目?もあり、3ヶ月目、クラス最後の飲み会の時は、加藤さんと随分話し込んでしまいました。

その時に、加藤さんから「あがり」というものが、実に人生にまで食い込んでくるような深刻な悩みであると切々と聞かされました。
加藤さんが、娘さんに話された「お父さんも闘っている」というのは、実に、この「あがり」であった訳です。

あがりで人生も変わる。
人はあんなに堂々と話せているのにどうして自分はそうできないのだろうという猛烈な劣等感。
もし、あがりが解消されたなら、人生まで変わるかもしれない、という希望。
伊東さんのお話を伺ってから、私はあがりというものに関し今までとは違うレベルまで掘り下げて考えるきっかけを与えられました。
(だから、HPもテキストも変えますね!)

アニキ!
とクラスの皆から呼ばれ慕われた加藤さん。
30代と言っておかしくない理想の年齢の重ね方をされていますよね。

はにかんだような喋り方がこれまた魅力を増幅させるのですが、それでも、話し方は聞き取りにくい箇所も多い。
声自体語尾が小さく消え入るように話されることは多かったように感じます。
発音も特に語尾が滑りがち。
(今まで、何十人と受賞された中で、CD-Rが一番m(_ _)m聞き取りにくかったかも)

ご自分では聞き方が並はずれてできない、とか悩んでいらっしゃるようですが、それも、どうなんですかね?
「あがり」よりも、発音・発声に注意してほしいというのが私の率直な意見ですし。
自己評価と他者のそれとは如何に食い違うか、という好例でしょうか。

早紀ちゃん、喜んでくれたでしょうね!
そりゃあ、ウレシイわ!!
お父様のことがますます誇りに思え、ますます、お友達にも自慢されることでしょうね。


加藤さんのおっしゃる通りだわ(MLに書かれてた)。
ほんと、私達、3か月とは言っても、実に、長い人生の内の10日ちょっと会ってただけでしたね。
なのに、こんなにも感動するのですね。

さすが、年の功だわ(^_-)
でも、そうは見えないずば抜けてのカッコよさで、ますます、私達の憧れ・模範となってください。(本当に本当にそうは見えない。あれで、50代ですもの〜)

これからも早紀ちゃんのあこがれのお父さん、
私達の憧憬そのもののアニキ!でずっとずっといてほしいです。
また、多くを気付かせていただいたことに深謝申し上げます。

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●準優秀賞:伊東裕子(ひろこ)さん<やっと気付けた挨拶>

よかったね!
素晴らしい成果だわ。
私、ウレシイ(T_T)

駅の売店のおばさんとのやりとりをきちんと、しかも、最後はユーモラスに伝えてくださいました。
上手。
感心した。
今まで・特・に・裕子ちゃんが上手いと思ったことはなかったけどm(_ _)m底力があったのね。
カラオケのあの力強さをつい思い出さずにはいられませんでした。
私、あのカラオケの後、ウチに帰っても裕子ちゃんの歌が頭から離れなくて、何度も拳を挙げて歌いそうになったもの(*^_^*)
いや〜、見事だった。
ソファの上に両足踏みしめて立って(仁王立ち?)ガンガン歌うのよ。
すごいよ〜。
私、裕子ちゃんについていこうと心にしっかり決めたわ、あの時。

その裕子ちゃんが3ヶ月間で学んだこと。
挨拶。
皆さん、やっぱり、私も挨拶だと思うの。
挨拶に始まると思うの、多くのコミュニケーションの入口は挨拶。
それは、コミュニケーションの突破口であるだけでなく、自分自身への突破口となり得る。

懇親会の時、父親との確執がどうしても解消できない話をある女の子から聞きました。

感謝月間で何とか「ありがとう」を伝えようとしたけど、どうしてもできなかった。
でもね。
よくよく聞いてみると、何てことはない、挨拶してないんだよ、挨拶を。

皆、もう、わかってるじゃない?
教室の皆と当たり前に挨拶してる内に何とか褒めたりし合いながら、最後、感謝という高みに昇りつめるそのエネルギーのすさまじさを。
泣きそうになる程、高まる、人間関係の最高の状態に立とうとしたなら、最初、何をおいても挨拶から入らなければならないの。
そんな小さなことから。

そうですよね。
挨拶って見過ごしてしまいそうな程に小さなことですね。

でも、気付いてくれたのよね。
おばさんを裕子ちゃんが観察した中で、おばさんが、いちいち相手の顔を見ながら挨拶してくれていることに。

はっきり言うと、売店のおばさんの社会的地位はそんなに高いものではないでしょう。

やっぱり、下の人が上の人に挨拶することが圧倒的に多くの場面で繰り広げられます。


どうして?
上の人は、もう、それ相当の地位を確立して、向こうからしてくれるから。
自分からしなくても許されると考え得る傲慢さがある。しても自分は得しない。
下の人は、上の人に付け入るためにも、挨拶するでしょう。

話し方がそうであるように、挨拶ひとつも、いかにも政治的で策略的と言わざるを得ません。
人は権力を握りたい以上、少なくとも自己を拡張しようとする以上、必ずどこかで策略を巡らします。

闘争的に拡張しようとしても摩耗することが余りに多いので、平和的に拡張しようとするなら、まず、挨拶から。
そのように言い換えることもできる訳です、挨拶を勧めるにあたって。

しかし、以上のことが一面的な事実であったとしても、本当に不思議なことだけれど、返さなかった挨拶は、その人がいい面を研ぎ澄ませば研ぎ澄ます程心苦しいものになっていくだろうし。
こちらから勇気を振り絞っておこなった挨拶は、どうしてだか、いかにも、気持ちのよいものとなるのです、すがすがしい気分にさせてくれる。

裕子ちゃん、もっと素敵になっていくわ。
ガンガン、行こう!
私も一緒に素敵になりたい(*^_^*)
しっかり、ついていくからね!

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6月生の模擬結婚披露宴、素晴らしかった(T_T)

正直言って、コンテストは、何とか今おこなっているものと似たものになる青写真があったと言えばありました。
(それでも、こんな感動に溢れ、翌日まで筋肉痛と闘うものとは思わなかったですが)

でも、模擬結婚披露宴は、前いた教室とは全く別物になっていった。全く。

前いた教室で学んで、その時に新婦役をやった人がウチの教室にいらっしゃっていたのですが、その人、絶対に新婦役をやりたがらなかったのです、すっごく嫌な思い出だったからですって。
この東京話し方教室では前の教室とは違うものになるだろうと予測はつくけど、それでも、前の記憶が余りに嫌だったから、二度とやりたくないと言っていました。

事実、私の学んでいた時も、クラスで一番若かった女性がやりましたが、本当に嫌そうだった。
模擬披露宴用の部屋?があってそこにウエディングドレスも置いてあるし、張りぼての1メートル近いケーキも用意されていたのですが、全てが白々しい感じで、飲み物やおつまみを指導員が買いに行ったりし、何とか盛り上げようとしましたが、新婦役は最後までドレスを着るのを拒み、普段着にベールだけお仕着せのように付けさせられていたのを覚えています。

それでも、結婚式は一つのスピーチの典型的な場面だし、練習としてまあやってもらえばいいか、と思ってウチの教室カリキュラムにも採用しました。
はっきり言って、何も考えないで採用したのですm(_ _)m
パクッた、というヤツですかね?(^_-)?

そうしたら。
あんなになっていった。

コンテスト会場でも紹介したように、男性二人がかりでケーキを3つも焼いてきてくれたり。
36時間、寝ないで最終準備にかかりっきりだった人。
タイトルだけで25ページあった400通以上を誇るMLですが、更に携帯から100通以上、一人の人から発信されていたり。
打ち合わせと称して、授業ない週にまで授業より大勢?が集まり、ビデオレター作成し、それを披露宴中に流したり。

新郎弟役のスピーチあたりから迫真。
新婦父親役が声を詰まらせた時が最高潮だったでしょうね。
皆が力を合わせ、作り上げた最高の作品。

それを思い出して、新婦役が懇親会の時にまた感謝で涙ぐんでいたけど。
前の教室のものと全く違ったものになっていってくれた模擬披露宴に、私は心から感謝したい。

時間をかけなねればならないことは一切なくて。
凝ることも、別にないの。
でも、一人一人が全体のために盛り上げようとして、息をのむ程の感動に至るのは、私が想像もしなかった、ウチの教室の一番の誇りだわ。
この教室の一番の醍醐味というか。
(こんな感動的になっちゃったから、それもあって、中級が開催できないのだわ。
だって、普段生活してて、あれを上回る感動・満足があるかなあ?)

本当に心から。
皆さんに御礼を言いたい。
こんな大きな感動を私が与えられ、毎回、こんなに満足するだなんて。

素晴らしい時間と空間を共有させていただきました。
最高。
何人からも言われた。
今回はいつもなら入賞する人が入賞できなくてそれは残念極まりなかったと。
この人に花束をあげたかった人ばかりでした。

全員に花束を。
感謝の花束を。
伝説の花束が全員の手の中にあり、最上級にうつくしい。

お一人、お一人に申し上げます。
本当にありがとうございました。


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 彡〃‖∞
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