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東京話し方教室主催第25回スピーチ・コンテスト結果発表
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5月生=25期生成果発表(2005年7月30日(土)市ヶ谷昼開催)
●最優秀賞:岡田海彦さん<人の目を見て話そう>
● 優秀賞:山田幹雄さん<笑顔で変わる>
●準優秀賞:近藤智一さん<次に進めた私>
●準優秀賞:中村勇也さん<話し方教室に入って友達が増えた(変化のきっかけは話し方教室>
今回のコンテスト、よかったなあ(*^_^*)
いい話ばかりで。
いい話って、心に残る。
満足させられた心と切ない心がせめぎ合って、今でも泣きたいような感情に襲われます。
今回(も!)10人(以上?)の人に迷惑かけたm(_ _)m
ああ、違った、今回はヒドかった、全員に迷惑かけたわ。
納涼船なのに、船の「最後尾」は全然涼しくなくてm(_ _)m
船の端っこって言うか淵っていうか手すりのある「へり」は涼しかったのよ、海風にさらされて。
でも、もう、しっかりとられていましたものねー。
皆に申し訳なくて、申し訳なくて。
それでも、出航の銅鑼?の音と同時に岡部さんの乾杯の音頭で皆が東京湾に「乾杯!」
遙か遠くに花火が。
レインボーブリッジをくぐって・・・・。
船内放送では
「東京話し方教室2周年!」
のDJトークが流れ・・・(確かに、スピコンは2周年なのですよ、去年の5月にスタートしたので初のスピコンは2003年7月に開催されました)
思えばコンテスト時から浴衣姿がちらほら。
(って言うか、私自身、初!の浴衣姿(*^_^*)
真夏の夜の夢のような。
本当に夢のような1日だったなあ。
思えば、夢のような3ヶ月ですよね。
3ヶ月、夢のように目に見えない、手に触れないものを求めて。
そうして辿り着くフィナーレ。
でも、その陰に、更に見えない部分で沢山の葛藤やたゆまぬ努力や行き違いや力不足があって・・・それでも、最後「よかった」と思える瞬間があるなら。
それは至福。
海風に全てがとけ、宙に舞い天空高く昇華する。
素晴らしいスピーチの陰にどれ程多くのものが横たわっていたかを思うと、こうして思い出して書いている今しも、感動が呼び覚まされ胸に迫るものがあります。
素晴らしい25期生、素晴らしい先輩、素晴らしい後輩達に乾杯!
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●最優秀賞:岡田海彦さん<人の目を見て話そう>
岡田さんって「海彦」っていうお名前だったのですね。
何だか、今回の当教室のテーマ「夏の海」に岡田さん程ふさわしい方はいらっしゃらなかったのですね。
本当におめでとうございます。
岡田さんからはしばしば反発?を感じたものです。
授業後のコメントにしても最後の11回目の時すら(^_^;)
何か、ちょっとしたバトル?だった・・・m(_ _)m
余程嫌われているらしいことは予測していたのですが(^_-)
それだけに嬉しかったのですよ、コンテスト中だったとは言え、岡田さんとやりとりできたことは。
でも、本当は、ちょっとした「違反」だったかもしれません。
私は3分スピーチの後は、中立を保つ意味もあり、何もコメントしないことに決めていました。
スピーチの後、あんなやりとりは今回が初めてだったでしょう。
「えー、でも、岡田さん、私、『(人の目を見てない。)だからダメなのよ』は言ってなかったと思うわ。
親からも主人からもいつも『だからダメ』って言われ、嫌いな言葉だったから人に言うなんて先ずあり得ないと思うの」
「ええ、そうですね、言い過ぎたと思います」
あー、ビックリした。
そうかな?
私、本当にそう言ってなかったかな?
面白いですよね、人って、あくまで固執されたらこっちも必要以上に固執するハメに陥っていくのに、相手に譲歩されたら、つい、こっちも譲歩したくなってしまいうものですよね。
私としては自分の名誉?の為にどうしてもあそこで言葉を挟まざるを得なかったのですが結果的には岡田さんと気持ちのいいやりとりができて個人的には満足しました。
しかし、あのやりとりのせいで岡田さんの得票率が高まったかもしれませんね。
皆の印象に残ったから。
岡田さんの話がよかっただけに、皆と平等の条件の下で優勝していただけなかった条件を作り出したのが自分だったことを深く反省しています。
岡田さんの話がよかった。
それはどういう理由からでしょうか。
何より、言いたいことが非常に明瞭。
「相手の目を見る」ということに絞りきった話だった。
落差?というか、変化のある話だった。
それで勢いもついた。
自分ではまずますの出来だと思ってた、なのに、文句(だけ?)言われた。
感謝月間だった、でも、自分にはどうでもいい話。自分は「目を見よう月間」でいくゾ!
プロジェクトXで主人公に本当になった上司とのやりとり(とそこから得た結果)が弱かったものの、
「それでも、相手の目を見るということの大切さがわかっただけでも成果だった」
と言われれば、ああ、そうだったんだろう、と納得させられますよね。
そういう論理性も整った話だったでしょう。
本来なら私とのやりとり・山田さんとのやり取りは決意するきっかけ部分にすぎないのですが、私達聞き手にとって親しい人間を配することでどうしても聞き手に引き込ませました、そういう配役という部分も成功に導かせた理由だったでしょうか。
独特の話し方をなさる方、優秀な音声表現をなさる方などを擁したクラスだっただけに、正直、過去11回のスピーチで岡田さんのスピーチが卓越した記憶には恵まれませんでした。
それだけに今回の結果をいとおしく思います。
過日(6月28日)日経産業新聞のスピーチ特集に取り上げられた当教室のK君は教室きってのプレイボーイということでも名を馳せていますが、彼が私にはっきりと認識させてくれたの、目の力の威力というものを。
セイン・カミュのトーク番組に出演依頼された時、任されたコーナーが<モテ子への道>だったのですね。
それじゃあ・・・<モテ道?>まっしぐらだったらK君が適任と思い、K君に撮影現場に来てもらいました、講師やってもらおうと思って。
でも、結局私がやることになって<モテたい>デビューしたての女の子達から質問を受ける訳です。
「初対面で、どうしてもうち解けなくて・・・」
「そうですね、それは・・・」
何か非常に差し障りのない無難なことを言って逃れたのですが、撮影直後すぐ、K君に
「初対面でもうち解ける秘訣って何かな?」
と訊いたら
「そりゃ、やっぱり、相手の目を見ることでしょう」
とサラリと。
ああ、この人は、今日も相手の目を見(つめ)ることで初対面から相手を落とすのね、と思った。
数十分時間が戻せたら、非常に多くの人に朗報というか<モテ道への極意>なるものが伝授できたのに、と思った。
その日から、はっきりと、授業に「相手の目を見ること」を取り入れました。
せめて受講生にはちゃんと言わなくちゃ、と。
そうですよね?
雑談であろうがスピーチであろうが、「目を見る」こと位大切なことが他にあるでしょうか。
ねっ?
モテる人は、それをやっていたのですよ、それを。
人が情報を取り入れる時、聴覚からより視覚からの方が遙かに多量の情報が得られると言われています。
相手は今目の前にいる。
なのに、私を見ようともしてくれない。
私を受け入れようとしてくれないのです。
避けられている?
目を向けてくれない人から私達は確かにそう感じ、一抹の寂しさというものを感じる。
相手としっかりと向き合うことは自分自身と向き合うことでもあります。
「前向き」という言葉がありますが、よく考えたら、目の向いている方が「前」なのですよね。
私達は前を向き、前に進もうという気持ちを根本的に持っているし、そのようにできてもいる。
愛する――それはお互いに見つめ合うことではなく、一緒に同じ方向を見つめることである、というサン・テグジュペリの言葉を思い出す人もいるでしょうが、同じ方向を見つめようとするまでに、私達はどれだけお互いを見つめ合うことを重ねなければそこまで到達し得ないか、と思います。
岡田さんとのコンテスト途中でのやりとりは少し「違反」でしたが、岡田さんとお互いに「見つめ合って」話せたことは何より思い出に残りました。
がんばって!
応援しています。
ああ、あと、プロジェクトXのコミック本貸してm(_ _)m
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● 優秀賞:山田幹雄さん<笑顔で変わる>
山田さんなんて、最初からハンサムな笑顔だったよー!とつい言いたくなってしまいますが(^_^;)
でも、いろいろ事情を聴いて総合させてみると、多分、社会的に要求される場面なら(副社長さんだし)大勢の人前だろうが当然笑顔を振りまいてきた。
しかし。
伺っていて本当驚きましたが、・・・・先日、親戚の子が来た時
「おじさん、変な宗教に入ったんだって?」
と会うなり訊かれたのですって。
つまり、家族などに本来的に向ける素の表情、ギリギリの事態に垣間見せていた・・・うーん、ちょっと想像しにくいですが「きつい」表情などが本当に変わられたのでしょうね。
でも、ですね。
今でも開講初日のことをよく覚えていますが・・・山田さん位、教室に学ばない人はいないと思ってた。
いい意味ですよ。
だって必要ない人だから。と。
開講初日の飲み会の席でわざわざ言われたのですよ、
「私は挨拶だけはしてきた。
武道をやってきたからもあるだろうけど・・・」
「挨拶月間」程自分に不要な事はない、と言わんばかりに。
(だから、この人、どうしてあんな開講スタイルで受講を決められたのかな?と不審に思った位だった)
そして、事実、この晩だか翌日だか、クラス開講と同時に<ご挨拶メール>=よろしくお願いしますメール?をくださったのは山田さんだけでした(他の用件絡みではあったもののちゃんとしたメールをくださっていたもうおひとかたが実は岡部さんでしたから、こういうのって、入賞者を占う手立てになり得るのかなあ?)。
よく出来た方。
表情も素晴らしいし(何人もの方の認める通り)。
ああ、実際に挨拶をどのような形でも実践されている方なんだ、と思った。
こんな完璧な人が、挨拶月間なんて、何の意味もないと私は本気で思いました。
そうしたら1ヶ月後、<挨拶を励行して>という課題で
如何に自分が挨拶してなかったか、今までしなかった人に挨拶することがどれだけ勇気のいることだったか、挨拶した後、どれ程気分がよかったか、をスピーチしてくださいました。
私、本気で驚いた。
山田さんのような「挨拶を本当にやっている」人でも<もっと>挨拶する可能性があるんだと思ったら、誰にでも「挨拶もっとしろ」は使えるんだなと思った位。
それから2ヶ月目半ばにしてMLに送られた文面が以下の通りでした。
・・・・・・・
この教室に通うたびに、自分のコンプレックスが
明確にされてきます。
今までは、どこかで否定して認めようとしない自分がいて、
何かにすり替えてきた様に思います。
私にとって、毎週が”ショック”と”感動”と”励み”に
なっています。
・・・・・・・・
私、本心、驚いた。
山田さんのような素敵で立派な方が、こんな最上級の賞賛を・・・。
何がどう作用したかは不明ですが、目に見えて変わっていく父親は娘にも驚きで、いとこに話したのでしょうね
「ウチのお父さん、最近妙にやさしくてニコニコしてて、何か新しい変な宗教にでも入ったらしい(^_^;)」
それで、会うなり冒頭のような「宗教に入った?」質問を投げかけてきたのでしょうね。
そう?
構成的には、笑顔が娘さんの心を開かせた核心部分かどうか、ちょっと確信持てない気もしましたがm(_ _)m
笑顔って難しいですよね?
山田さんの場合は、教室の皆から「笑顔いい!」と褒められる中で、相手の期待に応えようとし?どうも笑顔が増えてきたらしい。
そうする中で笑顔にふさわしい?言葉遣いに変わっていった??
「そんな言い方、ないだろう?(^_^;)」
そうこうする内、娘さんの方も態度を和らげてき、会話が増えた。
「不思議ですよね」
今まで変えたくても変わらなかった状況が、たった笑顔と少々の言葉遣いの変化によってもたらされたことを、つぶやくようにおっしゃったのが印象的でした。
私は今でも笑顔が下手(犬みたい?(^_^;)?)ですが、これでも、本当に笑顔は増えた。
(こうしてPCに向かって書いていても、多少笑顔っぽいかな?と思う位?)
私の場合は挨拶や褒めることで相手の反応が明らかに変わってき、自分が受け入れられているように感じられたことで心から嬉しくなったから笑顔が自然と増えました。
最終的には、感謝するようになったから満足感が私に笑顔をもたらすようになったかなと考えています。
でも、長年余り笑わないで不満や批判を蓄積してきた人もいますよね?
そういう場合、笑顔を作る筋力自体が衰えているってことかな?思って、当教室でも「口角を上げると運気も上がると言われてる」なんてことを初回で言うことがよくあります。
ペ・ヨンジュンの笑顔の完成度はほぼ100%だそうですが、歯が10本以上見えているから申し分ないそうです。
これからは、そこまで言うかな?
歯が見えると見えないでは大違いですもの、写真でその違いがはっきりわかりますよね。
起承転結でいつも引き合いに出される有名な頼山陽(?)俗謡
起・・・京の五条の糸屋の娘
承・・・姉は二十歳で妹は十九
転・・・諸国大名は弓矢で殺す
結・・・糸屋の娘は目で殺す
が<結論>として<目で殺す>と述べられている訳ですが、最優秀賞受賞者と優秀賞受賞者の話がちょうど引き寄せられますよね。
だって「糸屋の娘」の「目」って、どんな目ですか?
笑ってますでしょ?
ウインクでもしながら(^_-)
まず、目を見る。
そうして、笑顔(^o^)
ね?
皆さんも先ずは相手の目を見、できれば必ず笑顔も添えていく、歯も2本?(リスか??)4本、6本・・・と(^o^)v
そうして、READY GO! ですね。
そうでした、話す時って、絶対に歯を見せなくては話せないのですもの、笑顔は、<無表情>と<話す>行為の架け橋ですね。
ちなみに、5月生=25期生では、山田さんが若手を尻目にモテモテ?でした。
カッコいいよー。
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●準優秀賞:近藤智一さん<次に進めた私>
今回最強のサプライズ企画でした。
離婚届け、まだ提出されていなかったのですね。
冒頭からショッキングな視覚物を用い、強烈に一挙に聞き手を引き込みました。
つらい妻との同居生活。
やはり、そこに話の中心がきましたね。
それを乗り越える力を得たのは、スピーチで皆に聴いてもらえ苦しさと悲しさが半分にもその半分にも減った気がした時と、最後の模擬披露宴で仲間と達成感を得た時。
その2つが次に進む為の力を得たと実感できたものだったのでしょうが、そこに入るまでに奥さんとのプライベートな話で2/3は費やされています。
残り1分で、聴いてもらう効用(癒し)と、仲間との一体感の2つをおっしゃいましたが・・・近藤さんの一番言いたかったことは、こんなつらいことを聴いてもらえる安心感が教室で得られたことではなかったかと。
そうでなかったら、修了式の最後の「一言」で、あんなに熱く「聴いてもらえてよかった」ことを語りませんよね?
仲間との一体感がまさか異性との一体感を超えられる訳なく、違う感動が迫り来たとしても、奥さんに対する感情を仲間に対する感情と並べて語る理由が強くは見いだせませんでした。
私だったら、「聴いてもらえる効用」を主題にするかなと思いました。
<聴いてもらうことは癒しだ>
とか。
最後にどうしても語ってしまった内容が実は一番強く言いたかった伝えたかった内容だったように感じました。
輝かしい新生活をこれから控えていらっしゃるのですね、幸運を心より祈っています。
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●準優秀賞:中村勇也さん<話し方教室に入って友達が増えた>
<話し方教室に入ったことが変化のきっかけ>
話し方がとても自然でしたね。
余裕が感じられ、聴いていてもこっちがリラックスでき、好感をつい抱いてしまう。
とてもよかったわ、中村君。
こういう雰囲気だと確かに友達が増えるよ(^_^)v
中村君のスピーチはそんなに目立つこともなくて、キャラ的に目立つということも特別にはなくて、同じ歳あたりの子達と少しでも遊ぶ方が楽しい年代だろうにちゃんと教室に通うのが何だか不思議に感じることもありました。
曜日の関係で教室を移行することになったとき、自分から余分に支払ってもいいと申し出たじゃない?
もちろん、今なら私も、どれだけお金を積んでも二十代の時に話し方やってれば、と思うけど。
(ジンセイ変わったと思うけど・・・まあ、私の場合は、散々苦労させられたことで、この「教室を開催する」ことに結びついただけに、今のこの教室に打ち込めていることが無上の悦び(*^_^*)なので、結果的には二十代にやってなくてよかったのかもしれませんが)
若い時に無条件に若い私がそこまで思えたかな?とは思うの。
中村君は、変わっていった実感に支えられて最後まで教室に通い続けてくれたのね。
そして、予知したのかなあ、最後の日に花束のもらえること。
この登り調子を途切れさせないように行動を起こすことをし続けたいって言ってたけど、中村君の行動力ってすごいわ。
HUGを私からでなく向こうから求めてきたのは、中村君と他に約1名前後いたかどうか。
勇気あるわあ(*^_^*)
バンド組んでたからかなあ。
ランゲージは重要だけれど、ボディランゲージだって本当に重要。
思い出した。
前の教室のスピーチコンテストで優勝した時、私も先生に抱きついたわ。
中村君もバンドか教室か何か立ち上げる程の行動力をこの上り調子の勢いに乗じて!
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昨日、月初の予定一斉メールを送信した際、思いもかけず以下のメールを引き替えに受信させていただきました、
納涼船ということで、いつもの飲み会以上に
開放感があり、本当に楽しかったです。
おかげで、クラスの方達とも親密になれ、
良い想い出となりました。
というメール(T_T)
このメールが一番嬉しかった(T_T)(*^_^*)
2年前に教室を立ち上げる際、何人もの先生にご相談申し上げましたが、皆、口を揃えて(最も信頼を寄せていた先生ですら)
「コンテストの開催は止した方がいい」
とおっしゃいました。
コンテストを開催することは、非常な負担です。
それを開催するとしないとで、苦労は雲泥の差。実務上も精神的にも。
それでも、コンテストを開催しないスピーチ教室なんて違うと思った。
最後、何の得にもならないのに大人になってあんなに一生懸命やる緊張度が最高潮に達する3分間という瞬間。
その達成感なしに、緊張感なしに、盛り上がりなしに、一体何に向かって?と。
そこまではそれでいいと、苦労しようが何しようがそれは納得済みのことだからそれでいいと思っていたのですが、今回の東京湾クルーズは、本当に面倒だった(T_T)(>_<)
(今思えば、たったチケットを多めに予約しておく、100円でも多めに徴収させてもらう、それだけでよかったのですが!!!!!
(でも、初めてだったので、気づけなかった・・・う・・・うなだれ・・・))
いつもなら
「行こう!いこう!!」
と誘うのに、行きたい人に対して、予約表を数えては断りを入れなければならなかった。
苦痛。。。
その苦痛の直後、行きたかった人から「やっぱり行きません」とさらりと書いて寄こされたり。
まあ、今から思えば、とにかく多めに予約しておけば難なくやり過ごせことだったのですが(T_T)(T_T)(T_T)
せっかく一緒に行きたいと申し出てくれた人達に断った苦痛の上に立った最終シーンが納涼船のくせに暖かいんじゃなあ(T_T)と、つくづく自分が情けなくなりました。
納涼船は、そんなによくはなかった。
私はそう考えました。
式次第を全て考えてくれてたのにお任せできなかったこと、行きたいのに断った人のこと、フード券を全部?取り上げて私が買いにいって全部違う人と食べちゃったこと、色々やってくれたのにお礼も言えてない人のこと、荷物持ってくれるために終電間に合わなくなって朝帰りだった人のこと・・・。
色々迷惑ばかりかけちゃって。
もともとダメな企画だったし。
そういうことを思うと、何だかカナシイというか切なくなってきて。
そうだっただけに。
私にとって昨晩もらった掛け値なしに「本当に楽しかった」と書いてくれた受講生の一人からのメールは全てを洗い流してくれたように嬉しいものでした(私からのメール、関係なしに感想を送ってくれていたものでしたので)。
ありがとうm(_ _)m
6月生・佐藤 裕子さん(T_T)
そして、何人かのメールをくださった修了生の人達。
心配かけて本当にごめんね。
実は。
なのに。
こんな私が胴上げされて。
浴衣で?!
私は至らない点ばかりだけれど、皆、それに目をつむってくれて。
まるで最上級にいいもののように。
私、嬉しかったよ、本当に。
ダメな企画だったのにあんなによくしてもらって嬉しすぎたかな(T_T)
それで、切なくて。
でも今は、心から嬉しいと思うことができます。
真夏の夜の夢のような素晴らしい瞬間をどうもありがとう。
だって、私、宙に舞ったから(>_<)\(^o^)/
背中に羽が生えたかな?(*^_^*)?
皆さん一人一人が、本当に素敵すぎて。
感激。
素晴らしい皆さん一人一人に乾杯!
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