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東京話し方教室主催第23回スピーチ・コンテスト結果発表
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3月生成果発表(2005年5月28日(土)四谷昼開催)

●最優秀賞:秋元翔子さん<自意識過剰に気が付いた>
● 優秀賞:加藤仁さん<ダンプカーを引っ張り始めた>
●準優秀賞:小宮山しのぶさん<前を向き始めた私>

自宅に戻って落ち着いてから逆にはっきりとわかるのですが、どうも、胸が苦しいのですね。
ああ、胸が痛いと思いながら、『多分、嬉しいからなんだろうけど・・・』それにしても恋をしたときのように切ない感じに苦しいので、もしや、と思いながら手首にそっと触ってみると。信じてもらえないと思いながら書きますが、自宅に戻ったのに、まだ、鼓動が早いままなの!
トクッ、トクッ、トクッ、トクッ、トクッ・・・・は、はやっ!
興奮醒めやらぬ、とは言いますが。

冒頭だから、特に一つに絞れと自分に言い聞かせても、無理だわ(^_^;)m(_ _)m

1)感動の波にのまれそうな素晴らしいスピーチの数々。
私、心の底から満足した。

2)100人規模の店がほぼ埋まる勢いで皆さんが来場くださり、あんなに沢山の方々からのプレゼント(T_T)抱えきれない花束。(特筆すべきは、今までに見たこともない巨大な?バラ。一体、5センチは花びら1枚であるわ、と思い、念のため計ってみたら、何と!花びら縦で7.5センチあった!)

3)富士通のノート(薄型超軽量・カラー:シルバー)は、サイコーだったでしょ?(^_^)v
あはは!
じっつによくできた<ノート>だったでしょ?
私も、最初、シルバーに光るスリムなボディを見た時、もらえるって聞いて、叫んだもの!
そーしたら、ホントに<ノート>なんだモン(^_^;)
ざけんなよ(>_<)
いえ、ホント、あれが、どれだけ場を盛り上げてくれたことでしょうか。
佐藤Bさん、本当にありがとうございました。

↑それで、忘れちゃったようなもの?↓

4)功労賞の発表!忘れた!!!!!m(_ _)m
何て事!!!!!
じゃあ、次回の懇親会=モリガンズで仕切り直しての発表とさせていただきましょう。

本当はここでお一人の発表だけでもやってしまいたいところですが。
そりゃあ、言うまでもないです、東京話し方教室で知らぬ人は、モグリだと言われるその方の名は×××さんですね!
そうだ、次回、もう一度、懇親会で<オリジナル・グッズ>をもらってない方にはもらって頂いて、より多くの方々に見守っていただきながら授賞式といきたいところです。

5)もちろん、懇親会に大勢の皆さんが来てくださったことは、それはそれで嬉しい限りでしたが、今回、あんなに「スピーチできない」って書きまくったのに、それでも、ご来場のうえ、出場の方々のスピーチを聴いてくださった修了生の皆さん。
私、本当にウレシイ。

前の教室で、私が他の修了生と最も違っていた点は、私は、スピーチコンテストを聞きに行った点でしょうか。
前の教室と今の教室の最も違う点の一つは、修了生が卒業生のスピーチを聴いてあげようとしてくださること。

今、順番に(1)から書いていて、ここで一番グっと来たかも(T_T)
また、泣きそう(T_T)
(聴きにきてくださる方の中のお一人、松井さんが今回の司会の案ETC.も出してくださいましたし、宮下さんは一人ぽっちで不安そうな見学の方に終始話しかけてくださっていました。)
・・・・・・・・・・・・・・

・・・もう、何もかも、申し分のない、それこそ感動に包まれた2周年の節目となるスピーチコンテストと懇親会でした。
感動の波が幾度も私を襲い、私を包み込み、鼓動も早まったまま収まらない。
ああ、多分、ドーパミンが全身を駆け巡ってスピードオーバーか、分泌量が完全に許容量を超えて過剰放出状態か。

もう、それこそ感動に包まれた幸せな幸せな時間の束でした。
ああ、それは、最高だ。
最高に素敵な皆さん、まさに皆さんのおかげで今日という日を迎えることができました。

心よりお礼申し上げます。

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●最優秀賞:秋元翔子さん<自意識過剰に気が付いた>

秋元さんのお話、わかりやすかったですね。
それでもって、誰もが納得させられたような構成の隙のなさ、話題から引き出される主題の狂いのなさ、しかも話自体に勢いがあった。
生き生きとした印象に残るスピーチでした。
申し分なかったですね。
3ヶ月でここまで皆を引き込ませられるスピーチが全く誰の助けも借りないでできる、だなんて。
何だか、私、それだけで感動。

「スピーチ、素晴らしかったですね」
と後で翔子さんに話しかけたら
「もう、話題を絞りに絞り込みました」
と返ってきましたよ、わかっていらっしゃるm(_ _)m

PTA総会で司会を依頼されるような方ですから、当然、もともと、ご活躍されていた方と思います(ご自身では、「全然違っていたんですよー」なんておっしゃっていましたが)。
今回、司会という大役を通じて自意識過剰ということに気付かれ、教室での「挨拶」「褒める」が他人への興味なしにできないこと、自分が今まで如何に自分のことばかり考えて生きてきたか、という気づきにつながった。

(皆さん、私のことをものすごくバカだと思われるでしょうが、私は、話し方をやってて、最初の1−2年、何がどうなってるのか、ほとんどわからなかった(^_^;)
言われた通りに、もっと挨拶したり今までしなかった褒めることをする内に、何だか知らないけど、どんどんよくなっていくので、一体、どうしたんだろう?それにしても素晴らしいことだ、位にしか思ってなかったのですね。
で、3年目くらいでしたっけ。
話し方関係の人と話してて、向こうからそう言われて気がついた。
「話し方って、相手、なんですよね」

ああ、相手なんだ。
ああ、私は今まで、自分のことばかり考えていたから、だから、ダメだったんだ、誰も私の話を聞いてくれなかったはずだ・・・。
話し方を始めて、私のしてきたことは、相手に興味をもつことだったんだ。

そう気付いた時の足下が崩れるようなショックに通じる感覚。
秋元さんは、早々3ヶ月で、実に理路整然と気付かれたのですものね。
聡明な方です。)

スピーチの所要時間は2分半でした。
2分半であっても、あんなに納得させられる話ができるんだな、と感心させられたし(的を絞りきったからこそ、なのですが)。

懇親会での乾杯の音頭も、よくぞ、あそこまで堂々と。
感心させられること、しきり。
でも。。。。
そうだったわ!
そうよそうよ、秋元さんの活躍振りは、模擬披露宴の時、ピ ン ク レ デ ィ ー を振りつけ付きで踊って拍手喝采された頃から、何だか違うな、とは。(千葉のミーちゃん?と呼ばれていたそうですから少なくとも踊りに関してもともと素養がおありだったことは確かです、でも、教室の中で注目されるに足る自信を備えられてきたように感じました)
抜ける感じがありましたよ、野田さんと共に(富士通ノート獲得、おめでとうございました!)。

今回の秋元さんのお話は、初回=開講式にいらっしゃった時にされた「今度100人位の前で司会をすることになった」お話の結末でもあります。
はっきりとした目的を初回から持たれ、モティべーションが維持された好例です、見習いたいものですね。

今、これを書くにあたり、初回の映像を見せていただきましたが、12回目ではお辞儀一つも、格段に綺麗になっていらっしゃって。
(私は、お辞儀は余り厳しく言わない方だと思いますが、綺麗なお辞儀は、獲得されると、少なくとも、日本社会ではそれだけで随分得をしませんか?
私なんか、実に落ち着きのない無駄な動きの目立つ方ですが、お辞儀だけでも3秒止まったものでやっていると、少しはきちんとした人のように錯覚されたことがあるように感じます(でも、今、思い返すと、特に褒められたことはないですが。ということは、お辞儀はマシかと自分で思うことで、自分に対する自信が少しでも持てる、ということでしょうか)。

人前で話す機会の多い方は、本当に一度はこういう教室にいらっしゃるといいように思います。
100人の前で話す人は、普通のシチュエーションと比べると100倍の影響力をもつのですものね。

皆勤賞で通っていただき、当初の目的を難なく達成され、気づきも得られ、同時に最高の栄誉に輝かれました秋元さんに更に大きな拍手をお送りしたいと思います。
これからも益々踊りに、スピーチに磨きをかけていってください。

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●優秀賞:加藤仁さん<ダンプカーを動かし続けたい>

余裕の感じられる落ち着いたお話振りでしたね。
「人前で話すのは得意になっていない」
と本人に言われればそうなのかなあと思わない訳にいきませんが、それはそうだとしても、現受講生のほとんどの人がこう言うと思いますよ
「あの位、人前で堂々と話せたら充分だ」
と。
いえ、十二分だわ、加藤君、若いのに!

「現受講生が一番知りたいことについて話す」
と明言されましたが、その辺のつかみも上手でしたね。

なのに、はぐらかして初っ端で笑いをとられたのも、さすがでした。
主題とは一切何も関係ないことでしたが(まず、笑いとはそういうものです)、聞き手は最初から取り込まれました。

とは言え、加藤君の主題は何だった?
最後は「これからもダンプカーを引っ張り続けたい」と締めていらっしゃいましたが。


聞き手の一番聞きたいことは、確かに「得意になったかどうか」とは思うけど、加藤君も言ってた通り、ダンプカーを引っ張る中国人みたいなおじさんが一番大変なのは、やっぱり、引っ張り始める、その最初の一歩と思うの。後は、比較的楽(と想像できる)。

普通に歩く一歩とダンプカーを引っ張り始める一歩とは大きな大きな差がありますよね。

通常の行為だったら「これからもそれをし続けたい」で納得するけど、ものすごく大きな努力あるいは相当すごいきっかけを得ないと踏み出せないだろう「人前で話すこと」の第一歩を踏み出しつつある、トラウマを乗り越え。

その第一歩が踏み出せた「5人の前で」「20人の前で」話し始めた。
その1シーンは、私は欲しかった。

加藤君ので脳裏に残ったのは、ダンプカー引っぱろうとする図柄と子供の頃の縦笛で可愛らしい加藤君の手が震えてたことかなあ。
第一歩が踏み出せない、踏み出せないかもしれないと感じ、焦る多くの現受講生に私が加藤君から伝えてあげてほしかったことは、その第一歩をどうやって踏み出したか、そっちの方かもしれない。

それにしても、淡々と語るのに、いつも聴かせるよねー。
でも、私も「ベクトルを外に向けよう」が、一番よく残ってたかなあ。
(あれは、スピーチ作りの定石でしたね、体験談から入って、主題に持ってくる。
今回のは、現時点あるいはここ最近がどうなのかが、語りのみで終始してしまった感が否めない、それだけが残念でした。)
あと、もう少しだけ、元気を引っ張り出すような口調であってもいいのかもしれない、他人の元気も、自分の元気をも。
でも、今回は特に病気がちだったから、ね。

来月から四国での研修(1年半)の後、弁護士としてスタートなさいます。
新しい地での出発をクラスメートが祝ってくれるのは、本当にウレシイですよね(6/10(金)於新宿)

クラスメートも嬉しいと思いますよ、医者と弁護士は友人にしておけ、という言い習わしがこのクラスではどちらとも叶えられる?訳ですから(^_^)v
私も、友達リストに入れてほしい(^_-)
そして、ますます活躍されてほしいと心から願っています。私だけでなくクラスの皆も。


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●準優秀賞:小宮山しのぶさん<前を向き始めた私>

お人形さんのように可愛らしい綺麗なお顔立ちのしのぶさんですが、コンテスト当日は、更に目が大きくてはっとさせられました。
吹っ切れるにはなかなか時間のかかりそうな(^_^;)しのぶさんでしたが、その彼女が、随分吹っ切れた感じがしたものです。
少しはそうだった?
そうだよね、「前を向き始めた」のですもの、ね。

しのぶさんが初めて教室にいらっしゃった開講の日のことは本当によく覚えています。

ドアの所で私は彼女に捕まってm(_ _)m質問された、
「先生は、変わられたのですね?どうやって変わられたのですか?」

今まで、開講日に日程の質問や補講の質問は受けたことはあったけど、こんな差し迫った深刻なしかも、1分以内で答えられない(答えられるはずのない)質問は初めてだったので、実に戸惑いました。

どうしたんだろう?この人。
こんな質問をして、この寸暇の貴重な今!答えらるはずないじゃない。
(それに、普段だって、答えられるものだろうか?と思う。
私は確かに変わったけど、だから、「変わったか?」と問われれば「はい」と答えるしかないけど。
どうやって?と言われても。
どうやって?
挨拶を今まで以上にして。
他人の話をよく聞いて。
他人を褒めて。
他人に感謝して。
ああ。
後は、スピーチをした。
毎週、いつもスピーチのことを考えた)

私は忙しそうに見えるから普通の人なら一言質問するのも躊躇われそうなこの日に、余程、普通の人じゃないな(^_^;)と。
それに、どうしてそんな目で私を見るんだろう?と。
質問をすることで「私はここにいる」ことを主張したいような。
大人としては並はずれた自己主張の強さを初日に感じました。
繊細な知的な華奢な話し方。
大人びた子供のような。

それで、メールに書いたんだよね
「自分のことはもういいから、人のことを考えるようにしてみてね」と。

私は人は弱いものだとはっきりと認識しています。
だから、自分で考えたことよりも、人から言われたことの方が『なるほど』と思うことがある。と思う。

それで自分を「肯定」していい、と言ったこともしのぶちゃんの心の琴線に触れたのでしょうね。
でも、そんな私の言葉なんかよりも、他人や親から「直接」与えられる「肯定」の力の方が数倍、いえ、数十倍、大きいからね。

しのぶちゃん、今年の母の日には「ありがとう」って言ったよね?
父の日にも言うつもりだよね?

私は、自分のことを24時間考えてばかりいる人間でした。
あと、毎日、批判ばかりしていた。
批判の中にしか成長はなく、成長の中にこそ成功があるはずと信じ込んでいたから。
私は批判してあげられる知性の高い人間で成功するはずの選ばれた人間で、他人の力なんて借りることなく自力でやっていって「明日」は必ず成功するはずだ、と。

でも、「明日」は、いつもで経っても、いつまで待っても来なかった。

それどころか、成功どころか、「成功」という言葉を言うのが変な程、何もないというか、ゼロというよりマイナスとしか思えないような状況になっていった。
何をやっても失敗の連続で、気がついたら、自分の周りには何もなさそうだった。
成功がないどころか、人の気配さえ、なさそうだった。

私の計算では、実力で成功したら、皆が私にチヤホヤしてくれるから私は大事にされることになっていたのだけれど。
成功後は、大勢の人に取り囲まれる予定だった。

何で「成功」なんて思おうとしたんだろう?
「成功」どころか、一体、何社、辞めたんだろう?
どこの会社でも決まって「人間関係」が上手く行かなくて辞めるハメになる。
そう言えば、どこの飲み会に出ても、ダメじゃない。
そうだった、何を勘違いしてるんだろう?
大勢の人に取り囲まれる?
成功?
そんな、すぐ隣の人もこっちを向いてくれないじゃない。
いつだって、一人ぽっちじゃない。

ある日、もしや私の人生ってダメかも?と気付いた、現状認識を先延ばしすることにピリオドを打った。
それで。
こりゃ、ひどい、もう、このままだと無理だ、と思って、「話し方教室」に通うことにしたのです。
何でこんなに貧しい人生なんだろう、と。
これから脱しなければ、と。
人生は自分の手で変えられるはず、と。

それから、「話し方教室」に入って挨拶だとか褒めるだとか。
「批判」しないで「肯定」を与える作業。
今まで興味もなかった他人に興味を持ち、タイミングを計って挨拶しようとか。
そうしていった時、上手く行くたびに、私は今までに得たことのないような不思議な力を得ていったのです。
「人が私を肯定してくれた」時に得るパワー。
それに、今、思えば、私自身、相手に「肯定する」ことで力を発していたのでしょう。

「否定」する時に発しただろう逆の力。

全部上手くいく訳じゃなくとも、数回でも上手くいけば、その時、他人は私を認めてくれる、肯定してくれる、すなわち、話を向こうからしてくれる、笑顔で接してくれる、運がよければ向こうからも褒めてくれる。もっと運がよければ好きになってくれる?!

私はそういう時に、正直言って、ものすごく嬉しかった。
人が私を嫌っていないよう。
そのことが、やたら、うれしかった。

本当に足下を見つめられるようになって、「成功」というような遙か彼方の非現実的なものに興味がなくなっていった。
人を肯定し、人から肯定を与えられること。
そのことが、どれだけ本来的な「力」となり得たか。

肯定、という力は、私には、今まで批判ばかりしていた私には余りに大きな力となって表れたと思います。

しかし。
本当に心から「肯定」された、と自分が感じられたのは、自分が感謝の念を親に対して言葉にして表した時だって話したよね。

どうなんだろう?
しのぶちゃんは、・・・形式的には「ありがとう」位は言ってるか。

私も形式的にはほぼ毎年言ってはいて、教室入って3年くらい経ってからかな、「ありがとう」って心から言えた。

「ありがとう」は、難しいから、普通の挨拶から入ったのですよ、教室では。
ちゃんと、相手の目を見てはっきりとした声で挨拶してるよね?

相手をよく観察して、いいところを褒めてあげる。自分が肯定されて嬉しいように相手のことはまずしのぶちゃんから先に褒めてあげる。
自分のことを考えることも悪いことじゃないけど、親の良いところをもっともっと思い出そうか。
自問自答してる時間の数分の一を親に電話する時間に回す、とか。

ますます長くなって恐縮ですが、話し方教室に来る人の何割かは必ず親子関係に問題のあった人です。
現に私も子供時代、他人恐怖症のようでした(先生に何か訊かれると決まって涙を溜める、とか)。(大きくなってから妹も同様だった事実を知り、私固有のもの、というよりは親に起因するものだったと考えるに至りました)

親子関係というのは非常に深いので、「挨拶」「褒める」から一飛びに「感謝」にたどり着けない場合もあろうかと思います。
もし、もう1ヶ月××月間を増やすなら「ゆるす」月間でしょうか。

私はこの考え方=ゆるす、という考えを聞き知って、本当に救われた気がしました。
ある部分、忘れる、と言い換えてもいいかもしれない。
嫌なことをいつまでも覚えていて恨みに思う人生は、本人にとって最大のマイナスです。

批判する人は「ゆるさない」
ゆるさない人は、堅い殻に閉じこもったままです。

お人形さんのように、漫画のキャラクターのようにかわいい綺麗なしのぶちゃんですから、いつも賞賛しか与えられないのだと思うけど、しのぶちゃんの方からも誰かに話しかけて褒めてあげて絶対に言い過ぎて困ることのない言葉「ありがとう」をふんだんに日々言ってあげてね。

あと、恋をしてね。
大好きな人を作って、その人に甘えてみてね(この前、推薦してた人じゃなくても(^_-)。

甘えられた時、今までと全く違った地平にたどり着くと思う。
しのぶちゃん、がんばれ。

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那保美ちゃんが「コミュニケーションの先は未知数」というテキスト?の1フレーズを取り出して言ってくれていましたが、私にとっては、まさに、コンテストへの来場者や懇親会への参加者、あの数を見て、そして皆の発するエネルギーの良さと高さを身一杯に感じ、本当に「未知数だ」と感じました。

2年前、ゼロだったのですから。
何もない、どころか、実を言えばマイナスだった。
(具体例を挙げれば誰しも納得する「マイナス」状況ですが、イメージとして残してもらいたくないのでその状況をあえて書きませんが)

っていうか6年前、話し方を始めた頃は・・・、2年前が「マイナス」だったとしたら6年前は、、、底が見えない淵のその暗い底あたりかなあ。
そして、今は、抜けるような青空を背景に、頂上の輝いてそびえる白い峰ほど高い位置、それが今現在の位置のような気がしてくる。

モリガンズの後、私は今まで一度も最後まで付き合ったことのない<昼の部>の飲み会に初めて最後まで付き合いました。
終電の手前って感じの時刻でしたが、何と!<夜の部>はオール!!だったそうですよ、オール。
そーだよなー、あのノリだとオール、よねー(それとも、私がいなかったから逆にのびのびとしたか?いっつも、そうなの。私が心配すること、何もない)
(佐藤Bさんが「このクラスで本当によかった」とおっしゃいましたが、そのフレーズを聞くのが私の最高のヨロコビでもあります、みかりんと美砂さんを中心に完全燃焼?されたのでしょうね、ああ、目に浮かぶ・・・)。

いつもの通り、私の想定外に「全てがいい」のですよ、まるで完全調和のように。
それ以上望めない程の高みに達したかのように。

現受講生の一人の方が、懇親会の最中、私と会えば、必ずおっしゃるのです、
「こんなすごいの、見たことないよ。
本当にすごいよ。
だって、こんなバイブレーションって、感じたこと、ある?
どうするの?これから。
もっとすごくなるよ、どうするの?」
って。

本当にいい人達ばかりですよね、何だろう、これ。
いい人達ばかりが、信じられない程高い「気」を融合させて。

まるで、光にまで高められそうな。
(人は土で作られたそうですが、天使は光で作られたそうです、何だかそれに少し近づきそうな)
信じがたい、未知数。

私にとってのアニバーサリー(記念日)。
教室を立ち上げた5月ですが、5月の末、皆と集える合同講義の日が教室にとってのアニバーサリーです。

最高のアニバーサリーを、どうもありがとう。
最高の感動。
まるで完全調和のような。
その高みは、未知数。

それぞれの持つ未知数が重なり合い、掛け合わされ、未知の高みへと向かう。
降り注がれた光に向かって手を高く差し伸べていると、本当にその高みに向かって浮上しそのままその光源に手が届きそうな気がしてくる。

未知数を手の内に持つ教室の全ての人達。
全ての方に心からの感謝を申し上げます。

全ては、お一人お一人がいらっしゃってこそ。
お一人お一人のおかげです。
そうやって感動の今日という日が迎えられた。

最上の日を、どうもありがとうございました。