東京話し方教室主催第20回スピーチ・コンテスト結果発表
2005年2月26日開催
 
●最優秀賞:和之クン<出会えてよかった>(2004年12月生)
● 優秀賞:早苗さん<沈黙の時は怖くない>(2004年12月生)
●準優秀賞:孝一さん<全てを聞いて受け止めたい>(2004年10月生)
 
もう、私には何もかもよかった(*^_^*)
スピーチも集まってくださった皆さんも最後のカラオケも!
 
苦節1年10ヶ月。
今回も私のあげた花束は誰からももらえなかった、花1本(T_T)さえ。
孝一さんのは、まだ、わかるけど(孝一さんは「女性(全員?)にあげた」のですが)、今回!和之君からももらえなかった、というのは、おかしくない?!どーゆーこと??
 
それでも。
それでも、ですねえ(*^_^*)
今回のカラオケでは、初めてモテた気がした!(*^_^*)!
ほんと苦節1年10ヶ月(T_T)
私が前の教室と比べて唯一最大にクヤしかった点は、皆どことなく私を避ける?点。
大体どこのクラスの飲み会でも私の隣の席は空き気味かはっきり空席。
何これ?!って(T_T)
 
でも!今回のカラオケは違った!(^_^)!
初めて皆が取り巻いてくれて、めっちゃ!!楽しかった(T_T)(^_^)
ほんと、教室スタートさせてから初めて、前の教室と同様かちょっぴりそれ以上の興奮だったなあ!
快挙だ。
 
ああ、何もかも全てが最高だった1日。
神様、ありがとう。

●最優秀賞:和之さん<出会えてよかった>(2004年12月生)
 
主題は、冒頭で述べたのが、タイトルの通り。
主題として最後に述べられたのは<久保先生に出会えてよかった>でした。
 
私も和之君に出会えてよかったよ。
 
和之君が教室に来たくない、辞めたいと思っていたことを知ったのは2ヶ月目辺りのことだったでしょうか。
皆勤賞だった受講生が、まさか、毎回、辞めたい、と思っている、というのは、さすがに大きなショックでした。
それでも、その後もずっと皆勤賞(まあ、仕事なくてプーなので、これしかやることなくて来る、というものでしょうが)。
なので、彼がやめたがっていたことはその後は何だか忘れていました。
実は、休まないから、来たがっているのかとさえ勘違いしてたような気がします。
 
それが「いろいろあって」・・・・
コンテスト前々日に、
「こんな先生だってわかっていたらもっと早くやめていたと思う」
とメールに書かれ・・・。
思い出したのです、この人、辞めたいって前言ってたけど、今の今までずっと辞めたいと思いながら、それがずっと続いていたんだ、と。
何だか、信じていたものが全て崩壊し瓦礫の中に佇んでいるような気分を味わいました。
 
そうして、「いろいろあった」そのことを処理すべく意を決したものの、上手くはいかず、電話で和之君に報告したら泣けてきました。
 
それで、本当に「いろいろあった」のですが。
コンテスト前日に、これまた!私的にはあった、というべきで。
 
彼は無職なので就職口探すのにもちょうどいいと思って、就職サイトを調べてもらったりの仕事を依頼していました。
また、一度きり、教室予約もしてもらったので(それで、支払うと申し出てたけど、要らないって言われたので)、今回いい仕事を思いつき、その仕事をメールでふってみました。
 
コンテスト後、懇親会の後の二次会の会計を頼もうと思いついたのです。
2次会の飲み物半額券が20枚も偶然入手できていたので、それを使えば多分4−5000円程浮くので、それで、自分の支払いはなしでいって、3次会のカラオケもその浮いた分、使えばいいし、と。
その代わり、今回はちゃんと予約もしておいてね、と。
予約・支払いを絡めて彼が儲かるように仕事を仕組んだのですね。
 
そうしたら!
幹事とか自分には向かない、苦手だって。知らないって。
もう、はっきり言って、その時は本当にアタマに来た。
せっかく、幹事という、少し、皆の上に立つ仕事を与え、お金もあげられるように仕組んだのに、それを断られた、という腹立ちが先行し、私は、この人は、本当に何もしないのだ、と堪忍袋の緒が切れましたね、コンテスト前日に。
 
この1ヶ月だか2ヶ月だか、和之君に費やした時間は何だったんだろう、と。
面接もする気ないけど幹事も何もする気、ないんだ、と。
 
この人、3ヶ月、何もしなかったけど。
したのは、私が
「そんなにちゃんとした所に就職したいなら電話の一つもつければ?」
と言って、それを実行に移しただけ。
 
だから、実を言うと、私は何度も和之君には電話したのです(途中、というか電話設置直後、彼が救急車を呼ぶ程の病気になったこともあったのです。だって、一人暮らしで七転八倒し救急車を呼び、しかも無職で(←何だか最低の環境?m(_ _)m?)不安定極まりないですものね)。
和之君は、つまり、唯一、3ヶ月にしたことは、私と深まった?ことのみ、と私も知ってはいました。
 
でも、まさか、そのことをテーマに話すとは思ってもいなかった。ですね。
全く、意表を突いた切り口でした。

皆のスピーチを聞きながら
『どうしてもっと独自な切り口で迫れないかなー』
と不満に思うことはあるけど、今回の和之君のスピーチでは、聞いてる私本人が電流の走る思いだよね。
そこで、そう切る?みたいな。

そして、これも大きな成功の要因でしたが、実に、一つにテーマを絞り込んだ、ということ。

和之君のテーマにした<素直に誠実にありのままに生きるという>人生の姿勢?は、本当に唯一、彼が得たことだったのです。
私も、そこしかない、とは思ってた。
 
本音で、素で。
心を開き、相手にせまる。
素直に、誠実に、ありのままに。
私は和之君にもそう接しました。
 
でも、まさか、そこに絞りきるだなんて。
思いつきもしなかった、私さえ。

今まで、何かについて話して、最後に
「先生、ありがとうございました」
と付け足す?m(_ _)m?ことをする修了スピーチは、よくありました。
しかし、
「先生からそれを学んだ、ありがとう」
のみに話を絞り込んだ訳ですよね。

テーマを一つに絞った話が如何に印象的に響くか、という好例です。
 
そもそも構成的に、意表を突いた出だしでしたね。
 
皆が、成果があった、こんなに変わった、と畳み掛けるように発表する中。
全く成長できなかった、と。
 
ここで、皆がドキっとして聞き耳を立てたことでしょう。
完璧な差別化が図れたはずです。
(印象的に話す、ということは、そういうことですね)
出だしで引き込めれば半ば成功かもしれない、小説と同じです。
 
でも、彼にしてみれば、意図は一切なかったのですよね、皆も知っての通り。
率直に素直に自己開示した、に過ぎません。
でも、その率直さ自体が、当たり前だけど、皆の心に響いた。
 
彼のスピーチは、この時点、冒頭の2−30秒辺りで、既に全員を完璧に引き寄せたはずです。
 
そして。
毎回やめたいと思っていた意味を私は初めて修了スピーチで知りました。
どれだけ悩みながら苦しみながら通っていたか。
変わろうとして変われない自分。
成長できない自分が嫌いになっていくから教室もやめたくなる。
 
そうだったんだ。
 
でも、そんな中で私と向き合う時間を持ったことで、まっすぐ生きる、という意味だけは学べた。
(私がそれしかできない訳ですからねm(_ _)m)
 
そうして、感謝の言葉で締めくくられていました。
感情の中でも最高位であろう「感謝」という位置まで聴衆も昇華させられる。
聞き終わって、私達も静かな感動を得、深い共感に包まれました。
 
構成的にも非常にしっかりしていて、驚かされました。
 
そして、和之君の、まさに訥々とした話し方が、スピーチとして必要な間を得、どれだけ効果的に皆に聞かせたことでしょう。
分量としては、他の人の2/3以下しか話していないと思いますよ(早口の人と比べたら1/2)。
話し方がゆっくりだし、間が(全く本人には意識されないで)とられたし。
 
私は前日まで
「成果何もないんだから、考えるったって、無理よ。
成果上げに面接会場行くなり、せめて公園にでも行って犬か子供でも誉めて何か成果を作ってくれば?」
となじっていました。
コンテスト当日、貴重な貴重な3分間をフイにされるのが嫌で。
 
事実、本当にはっきり、誰も、クラスの誰も、本人も私も地上の誰も!和之君が優勝するとは思ってなかった。
彼は、最も優勝から遠い所にいた。
 
授業中のスピーチも、彼のは、いつも、別に、って感じで。
印象ない。
本人自身、印象ない感じでm(_ _)m
 
私は、電話でこそ和之君と話しても、クラス的には、元希君の成果と美也子ちゃんのブログに夢中で。
 
しかも、前日の依頼した仕事を快諾しない件で、とうとう、もう、この人はいい、と三行半を心の中で言い渡した状態だったし。
 
そうしたら、大逆転だ!
 
この人、アタマよかったんだ、って最終日に思った。
まあ、「いろいろ」なかったら、あそこまで内面を出し切らなかったでしょうから、「いろいろ」には、感謝なのですが。
 
ただ、彼ほど、優勝はどうでもよかった人はいなかった、と断言できます。
こういうのは、「無欲の勝利」とでも呼べるのでしょうか。
 
ねえ、最後の最後に、嫌がるのを無理矢理言わせてわかったんだけど、、彼、国立大卒なのですよ!
しかも、優秀な。
ウチの教室、最初、指導員としてずっと来ていただいて模範スピーチも依頼した方(副担任の先生?)が中卒の方で、半月で来ないようにお願いした先生が早稲田卒だったので学歴には無頓着なのですが(そもそも私の夫が高卒だし(^_^)、それにしても。。。。
クラスの誰もが、昨日のコンテストの結果に近く驚くよね。
 
だから、あの隙のない構成の確かさは彼の本好きから発していたよう。
和之君見てて、私よりすごくない人がやっと教室にいたと思って安心してたのにm(_ _)m
やっぱり、彼も私よりすごかったんだ(-_-#)
 
もっともっと自信を持つべき人なのに。
クラスの人からも引きこもりと言われ・・・。
コンテストがなければ、そのまま印象なかったような人だったよ、本当にm(_ _)m

コンテストで彼の話している最中、
水を打ったような静けさに会場全体が見舞われました。
氷が張り詰めたような緊張感。

コンテストで彼の話している最中、

あの「間」。
3分、好きに使えるから、あの間は、誰もが持つことができるのに、誰も、持ち得ない。持ち得なかった。
どうして彼は持ち得たんだろう?
どうしても伝えたいことに対する自信?
私は、彼に、もっともっともっと本来持つべき自信を持ってほしい。

切り口が鋭く、主題の責め方もここしかない1点に絞りきった明瞭なものだったし、構成的には隙がない代わりに音声表現としての「間」が充分にとられ、全ての点において秀逸でした。

唯一、言わせてもらうとしたら、主題を述べた後の間は3秒欲しかった。
それだけ、かな。
服装も3ピースでキメてて、デートに誘いたくなったわ(*^_^*)


今、これを書くのに録画したものを見直しても感動が呼び覚まされ、泣いてしまう程に(信じがたいことですが、毎回見ても毎回泣いてしまう)、具体的で情感も豊かでしかも主張のしっかり述べられた素晴らしいスピーチだったと思います。
賞状も読み上げられない位に、何度も感動が押し寄せたもの。

私も和之君に出会えて本当によかった。

 
●優秀賞:早苗さん<沈黙の時は怖くない>
 
早苗さんは、クラスの当初からしっかりとしたスピーチをなさいました。
私がクラスで注目していたスピーカーは他に美也子ちゃんとか坦さん、でしょうか。
後半、元希君にはどうしても頑張ってもらいたかったけど。
 
今回の勝因は、彼女特有の気負わない自然な語り口と、最初と最後に対にして出した短歌が構成に安定感を与えた、という点にあったかな、と。
 
抑揚が豊かでしたね。
抑揚はつけようとしてつけると、如何せん、不自然に聞こえてしまいがちですが、早苗さんの場合は、そのお人柄でしょうか、気負わない。
気負わないのは、今までも「誉める」ことを信条に過ごしていらした方らしく、いつも自信にあふれていらっしゃるからでしょう。
見習いたいものです。
 
また、もともと、短歌の会に所属してらした訳です、やはり、言語感覚自体に通常の人より磨きがかかってる、というのはあったでしょうが。
でも、構成的には、、、どうなんでしょうか、後半で(職場の?)先輩が辞められることの不安さを打破すべく教室に来た経緯を話されましたが・・・。
お客様との対応、とか言われたので、冒頭に述べられた「短歌の会」とは別物?
あれっ?何だろう?と不審がる瞬間を持たされたことで、緊張というか集中が一旦途切れたように私には感じられました。
 
しかも、ですねm(_ _)m
その先輩が辞める職場?か短歌の会??が、結果、どうなりそうか。
それが不安の種で受講を決めたのに、その変化に何も触れられないで話が終了してしまうのには、聞いている側の微かな不安が解消されない気もします。
 
わざわざ中盤で出した先輩にまつわる受講のキッカケが主題にどこまで絡んでいたか。
絡められないなら、わざわざ出さなくてよかったのかもしれない。
あるいは、不安を最初に述べて、解消に至るプロセスがエピソードとして提示される、という全く別な構成もあり、だったでしょうか。
 
その一方、勝因として述べたことに戻るのですが、短歌の手法がスピーチに盛り込まれていたことが、構成的に成功へと導かれたものでしょう。
 
短歌の手法、それは、繰り返し、です。
五・七・五・七・七
言うまでもなく、五が2回、七が3回、繰り返されています。
音が文字数として、繰り返されている。
 
話は、リズムを得ると、楽しいし、生き生きするし、安定します。
そのリズムの一つ、代表的な一つが<繰り返し>です。
 
リンカーンの有名なスピーチ
that this nation, under God, shall have a new birth of freedom --- and
that government of the people, by the people, for the people, shall not
perish from the earth.

私たちがしなければならないことは、この国において、神の下に新しい自由な
社会を築いていくことです。そして人民の、人民による、人民のための政治は
決して地上から消滅してはならないのです。
 
の中でも、英語を余り知らなくても、ここだけは、気持ちよく言えませんか?
government of the people,
        by the people,
        for the people
人民の、人民による、人民のための政治
という非常に有名なくだりですね。
 
ここだけは、歌のようではありませんか?
 
そうなのですね、歌というのが、如何にリフレインを多用しているか。
リピート。
 
音韻もその一つです。
ここでは例を敢えて挙げませんが、ちょっと気を付けて、自分で探し出してみてください。
 
韻を踏む手法があり、フレーズを繰り返す手法があり、更には、同じ内容でなくともただ単に「短歌」というものを冒頭と末尾に繰り返すだけで、全体的な安定感を生む。
挨拶を最初と最後に繰り返し、名前もその前後に繰り返す。
名前は一度言ったから、もういいじゃないか、とは言えなくもないと思いますが、大事なことは繰り返していいように思います。
少なくとも、本人はそのつもりでなくとも、聞き手にしてみたら、安定感が与えられることで、話し手が落ち着いて見える、というメリットを生みます。
 
繰り返しは、実は、話にとって<遊び>の部分ですね。
論理的には、何ら、組しない。
しかし、情緒的に気持ちがいいのです。
あるいは、笑いへの誘い水となることもありましょう。
 
3分という制限の中で、言いたいことがあればある程、繰り返しのような<遊び>は、無視したくなるでしょう。
しかし、敢えて、遊んでみる、というのは、余裕にもつながります。
今回の早苗さんのスピーチのように冒頭と末尾、というような構成は、繰り返しの中でも入りやすいものの一つと思います。
 
高級な遊びですが、一度、試されてみる価値があるかな、と思います。
なかなか早苗さんのやったような成功には、至らないかもしれませんが。
 
懇親会の時にいろいろお話くださって本当にありがとうございました。
早苗さん、何度も涙ぐまれましたよね。
何てありがたい方に教室は巡り会えたのだろうと私も感動しました。
 
この縁を私も大事にしたいです。
どうか、いつまでも私のことも教室のことも末長く見守っていてください。

 
●準優秀賞:孝一さん<全てを聞いて受け止めたい>
 
孝一さんは主題をはっきりおっしゃいませんでした。
<聞くことの大切さがわかった>ということなのでしょうが、私の祈り・願いも込めて、上のようにさせていただきました。
 
孝一さんのお話し振りは、大変に堂々とした生き生きとした勢いの感じられるものでした。
誰しもそれに異存はないでしょう。
話し方教室の先生のようでしたよね(^_^)←数人がそのように言ってました、私、困る(T_T)(^_^)
模範的な語り口で、それだけで、引き込まれました。
 
その一方、無駄なフレーズが散見されるのですよね。
それを言っても5分あるならまだよかったけど、3分しかないのに。
無駄な、例えば
「えー、私は今日、この教室で何を学んだか、得たものは何か、ということについてお話させて頂きます」
は、どうでもいいから、じゃあ、ズバリ、何を学んだのか、ですね。
それが「一言」で述べられていないのですね。
 
「法律相談、多いですよねー。ものすごくあります」
も、「ですよねー」
と言われても、『へえ、そうなんですか』としか言い様がないっていうかm(_ _)m
司法関係の方だけが「ですよねー!」と思うのでしょうかね。
 
そういった冒頭1分以内の場面だけとっても、実は、くどい、ですかねm(_ _)m
孝一さんも<繰り返>されているのですが、孝一さんの方は、そこで意味を強調する必要のないものを繰り返しているので、いわゆる、「逆効果」というかm(_ _)m・・・
 
孝一さんの普段のイメージも「饒舌」です。
孝一さんって、表情を拝見するだけでにこやかこの上なく、毎日を楽しんで生きている、そういう感じがします。
当教室の最終的に目指す人物像の理想形ですね。
話すのも大好き。
 
で、私の知る限り、孝一さんをマイナスイメージに捉える人は誰一人としていないからいいものの、、、、でも、世の中、どこでどう間違えるか万が一の失敗もあることを考えれば、不要な部分での饒舌さはくどさにつながる危険をはらみます。
ただ、それこそ、繰り返しますが、孝一さんってこれ以上ない程の感じのよさを持つ方なので、最もそういう心配から遠い方ですけどね。
 
構成的に、聞くことを学んだ、というのが、そこで出されるのが一番効果的かどうか疑わしかったというのもありますが、それより、ですね。
 
私の一番気にかかったのは、実は。
どうしてそのご婦人に否定的な言い回しでおっしゃったかな、と、まるで、孝一さんにしたら、それこそ、肯定されたかった部分について苦言を敢えて呈させてくださいね、すみませんけどm(_ _)m
 
「確かに、その、私はね、あなたの気持ちは、わからない。
というのは、僕はそういう事実に遭遇したことがないから。
だけど、僕は2人の娘を持ってる。
その二人が死亡した時のことを想像すると、あなたの気持ちがわからないことはない。
――つまり、あなたの気持ちは受け止めたよ、とメッセージとしてちゃんと言った訳です」
 
最初の
「あなたの気持ちは、わからない。」
これはまだいいかも。
そうそう簡単に「わかる」と言われれば、逆に不審感を持たれる場合もあるでしょうから。
 
でも、その後も、どうしてわざわざ「わから・ない・ことは・ない・」
と二重否定を用いられたのでしょうか?
 
強い肯定?
そうでしたか??
 
私は孝一さんの聞き方が真摯なものであったがために、ご婦人は「やっと安心した顔で僕の方を向」かれたのでしょうが、彼女に話す言葉は、私は「肯定形」で構わないと割と強く思ったのですよ。
孝一さんが
「つまりあなたの気持ちは受け止めたよ、とメッセージとしてちゃんと・・・・」
と言ってくれて、初めて、聞いていて安心したもの、安心できたもの。
 
メッセージとして、だけでなく、言葉として、ちゃんと「肯定形で」言ってあげた方が、向こうは更に安心してくれるのではないかとm(_ _)m
 
知ってるのですよ、孝一さんがどれ程真剣に誠実に相手に接され、それは、通常、司法書士としてはあり得ない域であったことは知ってて敢えて述べるのですよ。
 
孝一さんは、ご自分の法律事務所に相談においでになる方々を相手にしばしば泣かれるのだそうですよ。
すごくないですか。
私、そんな誠実な司法書士の方にたまたま出会った相談者?は、ものすごく幸せだと思いますよ。
そんな孝一さんが、今までしなかった領域の「聞く」ことを実践された報告ですから、私の想像を遥かに超える尋常ならざる誠実さしかなかったと思われます。
 
それでも、ですね。
やっぱり
「あなたの気持ちがわかる」
と言ってあげてほしい気がします。
だって、孝一さん位、「相手の気持ちがわかる」人はそうそういないと私本当に思いますもの。
誠実さの極みで、正確さを追求される余り
「わからないことはない」
という表現をされたのでしょうが。
 
それは、誠実過ぎる表現だったような・・・。
いいのですよ、いいことを言った方がいい。
肯定形がいい。
二重否定は、やはり「回りくどい」のです。
知性は感じられるけれども。
 
と素晴らしい人間性をお持ちの人格者であられる孝一さんに申し上げる、私は何程の人格も持ち合わせていないのにm(_ _)m
本当に違ってる、と自分でも思うのですが。
ただ、肯定形で大体いつもいいと私は思っているので。
そうすることで、圧倒的に多くのことが上手く回り始めたので。
 
単なる言葉の在り様だけの問題ですが、、、、二重否定は<ない>という言葉の<繰り返し>で、特に日本語には多用されるものの特に相手に安心感を与えたい時には、肯定形を多用した方が更に効果的に伝わるように思われます。
 
でも、孝一さんの日々の実践の成果で、素晴らしいご表情でいらっしゃり、私なんか、お金もらってるから仕方なしに言うことが他にないから言わせていただいただけです。
何人もの方が孝一さんのように話したい、話せたらっておっしゃっていました。
 
私も孝一さんのようになりたい位、お仕事の取り組み方一つもお話振りも尊敬しています。
法律相談は、皆さんも、孝一さんに任されてくださいね。
相談者の相談に泣く程誠実に対される先生は、本当にそうそういらっしゃらないと思います。
法律相談なら<司法書士孝一事務所>にどうぞ!

本当に長々と・・・。
自分でもこの長さにはあきれますm(_ _)m
話したいことが一杯あっても、話せないから、これだけが、私の救済措置ですもの。
許してください。
 
何もかもが素敵だった1日。
ポップジャムも、そりゃ、楽しいのですが、比・べ・る・と・、そりゃ、どうしてもこっち、でしょう。
 
感動の波が何度も押し寄せ、感動の沈黙に覆われたコンテスト会場。
素晴らしい緊張感。
この上もない時の共有。
 
受賞されてもされなくても素晴らしいスピーチをしてくださった全ての方々に、心よりの感謝を申し述べます。
真剣に聞き入ってくださった全ての方々にも。
 
そして、カラオケで一緒に楽しんだ皆さんにも!
あー、もう、どうなってもいい位に楽しかった!!
 
全てがよかった。
最高の共有の時間がいとおしいです。
どうもありがとうございました。